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ウォーニング (競走馬)

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欧字表記 Warning
性別 牡
ウォーニング
ハーリド・ビン・アブドゥッラーの勝負服
欧字表記 Warning
品種 サラブレッド
性別 牡
毛色 青鹿毛
生誕 1985年
死没 2000年12月7日
父 Known Fact
母 Slightly Dangerous
母の父 Roberto
生国 イギリスの旗 イギリス
生産者 Juddmonte Farms
馬主 Khalid Abdulla
調教師 Guy Harwood(イギリス)
競走成績
生涯成績 14戦8勝
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ウォーニング (Warning) とはイギリスの競走馬および種牡馬である。1987年ヨーロッパ最優秀2歳牡馬。馬名は英語で「警告」の意。父、母ともに本馬の馬主であるハーリド・ビン・アブドゥッラー殿下が所有していた。

父のKnown FactはNureyevの降着から繰り上がりで2000ギニーを勝った馬で馬主にとって初のイギリスのクラシック勝利となり、非常に思い入れのある馬であった。

母のSlightly Dangerousは凱旋門賞の優勝馬であるRainbow Questの叔母にあたり、オークス2着などの実績を持つ。また、繁殖牝馬としても本馬のほかにCommander In Chiefなども輩出し、成功している。

本馬は父と同じくマイル戦を得意としていた。主戦騎手はパット・エデリー。

年度別競走成績

1987年にデビュー。デビュー戦、2戦目と共に5馬身、10馬身差の圧勝劇で続くリッチモンドステークス(G2)で重賞初勝利。さらにシャンペンステークス(G2)でも勝ち星を重ね、この年G1未勝利ながら欧州の最優秀2歳牡馬に選出される。これはこの年、イギリス2歳王者決定戦であったデューハーストステークスが中止になったこと、ウォーニングが圧勝の連続でこの年無敗であったことが考えられる。

1988年の初戦、クレイヴァンステークス(G3)ではもちろんの事ながら単勝1.6倍の大本命に推される。が、後に2000ギニーを勝つDoyounに4馬身差の2着と惨敗し、生涯初敗戦となってしまう。この時ウォーニングはウイルス性の疾患にかかってしまい、クラシック出走を断念せざるを得なかった。しかし回復後の準重賞を勝って臨んだサセックスステークスで勝利し、初G1制覇をあげた。続くジャック・ル・マロワ賞では、当時の欧州マイル路線のトップスターが集結する中、ウォーニングは名牝Miesqueの2番人気に支持された。結果もミエスクの2着となった[1]。次走のクイーンエリザベス2世ステークスで勝利しG1勝ち数を2にするが、ブリーダーズカップ・マイルでは馬場が合わなかったのか、勝ち馬Miesqueから32馬身差の11着と大惨敗を喫してしまった。

1989年、ロッキンジステークス(G2)から始動したウォーニングだったがMost Welcomeの2着と惜敗する。クイーンアンステークス(G2)ではレースレコードで勝利を収めたものの、距離が10ハロンに伸びたエクリプスステークスでは勝ち馬Nashwanの20馬身差の4着に惨敗、連覇をかけたサセックスステークスでもZilzalから9馬身離された6着と惨敗する。この後はブリーダーズカップ・マイルの挑戦を視野に入れていたが、結局取り消され現役を引退する。

  • 1987年(4戦4勝) - リッチモンドステークス(G2)、シャンペンステークス(G2)
  • 1988年(5戦3勝) - サセックスステークス(G1)、クイーンエリザベス2世ステークス(G1)
  • 1989年(4戦1勝) - クイーンアンステークス(G2)

種牡馬入り後

引退後はイギリスにあるバンステッドマナースタッドで種牡馬入り、後に日本に輸入された。産駒は欧州でも日本でも短距離向きの産駒を多く輩出していた。が、中には異色の産駒もおり、4000メートルのカドラン賞(G1)を勝ったGive Noticeはまさにその典型的な例である。2000年に心不全のため死亡、15歳という早逝だった。

現在は、主にG1を勝った産駒が種牡馬入りして一定の成績を残している。Charnwood Forest[2]のように実績と血統を買われて種牡馬入りしている産駒もいる。

代表産駒

日本国外調教馬

日本国内調教馬

母の父としての主な産駒

太字はGI級競走、*は地方重賞を示す

活躍馬ではないが、ウォーニングムスメ[4]という珍名馬も父の名前を有名にした。

血統表

脚注

外部リンク

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