インティカブ
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| インティカブ | |||||||||||||||
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| 欧字表記 | Intikhab[1] | ||||||||||||||
| 原語表記 | انتخاب | ||||||||||||||
| 品種 | サラブレッド[1] | ||||||||||||||
| 性別 | 牡[1] | ||||||||||||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | ||||||||||||||
| 生誕 | 1994年5月8日[1] | ||||||||||||||
| 死没 | 2016年5月22日[2](22歳没) | ||||||||||||||
| 父 | Red Ransom[1] | ||||||||||||||
| 母 | Crafty Example[1] | ||||||||||||||
| 母の父 | Crafty Prospector[1] | ||||||||||||||
| 生国 |
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| 生産者 |
J.I.レーシング Inc. & マーヴィン・リトル・ジュニア | ||||||||||||||
| 馬主 |
ハムダーン・ビン・ラーシド・アール・マクトゥーム →ゴドルフィン | ||||||||||||||
| 調教師 |
デヴィット・モーリー(イギリス) →サイード・ビン・スルール(UAE) | ||||||||||||||
| 競走成績 | |||||||||||||||
| 生涯成績 | 14戦8勝[1] | ||||||||||||||
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競走馬時代は主にマイル競走で活躍し、2歳時の1996年と3歳時の1997年はデヴィット・モーリー厩舎に所属していた[2]。
4歳時の1998年より、アラブ首長国連邦のサイード・ビン・スルール厩舎に転厩した[2]。転厩2戦目となったドバイデューティーフリーで2着となり、初の重賞競走挑戦となった次走ダイオメドステークスを制して、重賞競走初勝利を挙げた[2]。続くクイーンアンステークスでは、2着となったアマングメンに8馬身差をつけて勝利した[2]。クイーンアンステークス後はジャック・ル・マロワ賞でタイキシャトルとの対戦が予定されていたが、怪我のため出走を回避している。その後療養を経て、1999年のロッキンジステークスで実戦復帰を果たしたが4着という結果に終わり、この競走を最後に競走馬を引退した。この年の国際クラシフィケイションは130ポンドで、オーサムアゲインと同値という高い評価を得た。
引退後
2000年よりアイルランドのデリンズタウンスタッドで種牡馬入りし、スノーフェアリー、パイタといったG1馬を送り出した。産駒には牝馬の活躍馬が多く、「フィリーサイアー」の一頭に数えられている[3]。種牡馬生活から引退して間もない2016年5月22日に22歳で死去した[2]。
主な産駒
- 2002年産
- Paita / パイタ(2004年クリテリウムドサンクルー)
- 2003年産
- Red Evie / レッドエヴィー(2006年アイルランドメイトロンステークス、2007年ロッキンジステークス)
- 2007年産
母の父として
- 2007年産
- 2008年産
- Gordon Lord Byron / ゴードンロードバイロン:父Byron(2012年フォレ賞)
- 2012年産
- 2014年産
- 2015年産
- ダノンプレミアム:父ディープインパクト(2017年朝日杯フューチュリティステークス[4]、サウジアラビアロイヤルカップ[5])