シャーロッツヴィル (競走馬)
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| シャーロッツヴィル | |
|---|---|
| 現役期間 | 1959年 - 1960年 |
| 欧字表記 | Charlottesville |
| 品種 | サラブレッド |
| 性別 | 牡馬 |
| 毛色 | 鹿毛 |
| 生誕 | 1957年 |
| 死没 | 1972年 |
| 父 | Prince Chevalier |
| 母 | Noorani |
| 母の父 | Nearco |
| 生国 |
|
| 生産者 | アーガー・ハーン3世 |
| 馬主 |
アリ・ハーン王子 →アーガー・ハーン4世 |
| 調教師 | Alec Head |
| 競走成績 | |
| 生涯成績 | 9戦6勝 |
| 獲得賞金 | 208,207$(換算値) |
| Timeform rating | 135ポンド |
| 勝ち鞍 | |
シャーロッツヴィル(欧字名:Charlottesville、1957年 - 1972年)は、イギリス生まれでフランス調教の競走馬・種牡馬である。
リュパン賞、ジョッケクルブ賞、パリ大賞に優勝し、英ダービー馬シャーロッタウンCharlottownを輩出し、英愛リーディングサイアーに輝いた。
出自
シャーロッツヴィルは、無敗の英三冠馬バーラムや"Flying Filly"ムムタズマハルの所有者であったアーガー・ハーン3世によって、1957年にイギリスで生産された。
父プリンスシュヴァリエは1946年のジョッケクルブ賞優勝馬であり、後に仏リーディングサイアーに輝き、フランスを中心にプリンスローズから続くサイアーラインを発展させた馬である。母Nooraniは大種牡馬ネアルコの産駒であり、シャーロッツヴィルの前年にアスコットゴールドカップ、サンクルー大賞、バーデン大賞など6勝をあげ、凱旋門賞でニジンスキーを破ったササフラを輩出するSheshoonを出した。
シャーロッツヴィルはアーガー・ハーン3世が1957年に病死すると、息子のアリ・ハーン王子(彼も1960年に亡くなる。)、続いて孫のアーガー・ハーン4世へと引き継がれた。
競走馬時代
1959年に2歳でデビューし、サンパトリック賞で勝利した。1960年は、ヴィヴィアン賞で勝利した後に、ミンシオらを相手にリュパン賞に勝利すると、ジョッケクルブ賞でも2着馬に3馬身を付けて優勝した。英ダービーに出走するプランもあったが出走を取り消し、6月末には3000mのパリ大賞に出走するとロンシャン競馬場には10万人もの人々が集まった。レースでは、道中3番手で進み、直線では他馬を5馬身ちぎって優勝した。秋にはプランス・ドランジュ賞に勝って、凱旋門賞に向かったがPuissant Chefの6着に敗れた。
種牡馬時代
シャーロッツヴィルは1960年11月に競走馬を引退し、アーガー・ハーンのアイルランド・バリメニースタッドで種牡馬入りした。当初の種付料は8000ギニーであった。種牡馬としては、三冠牝馬メルドとの子で1966年ダービー馬のシャーロッタウン (Charlottown)などを輩出し、英愛リーディングサイアーに輝いた。その後、1972年2月1日に心疾患で亡くなった。