フェオラ

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欧字表記 Feola
性別 [1]
フェオラ
欧字表記 Feola
品種 サラブレッド[1]
性別 [1]
毛色 黒鹿毛[1]
生誕 1933年[2]
死没 1951年[2]
Friar Marcus[1]
Aloe[1]
母の父 Son-in-Law[1]
生国 イギリスの旗 イギリス[1]
生産者 Lord St. Davids[2]
馬主 King George V
→17th Earl of Derby
→Albert Frederick Arthur George
(King George VI)[2]
競走成績
生涯成績 13戦2勝[1]
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フェオラ(欧字名: Feola1933年1951年頃) は、イギリス競走馬繁殖牝馬

クラシック競走で好走するなど、競走馬としても一定の成功をおさめたが、繁殖牝馬としての評価のほうが遥かに高い[2]。子孫はジョージ6世と娘のエリザベス2世の馬主としての成功に大きく貢献し、牝系は世界的な広がりを見せている[2]

1933年、セント・デイヴィッズ子爵によって生産された[2]。当歳時に国王ジョージ5世が3000ギニーで購入したが、1936年1月に死去したたため、3歳時は第17代ダービー伯爵に貸与される形でレースに出走した[2]。この年はミッドサマーステークで優勝し、1000ギニーステークスでタイドウェイの2着・オークスステークスでラヴリーローサの3着とクラシック競走でも好走した[2]。その後、フェオラはジョージ5世の息子アルバート・フレデリック・アーサー・ジョージ(のちのジョージ6世)の所有となった[2]。翌1937年に引退し、繁殖入り。生涯戦績は13戦2勝、2着2回、3着1回[2]

繁殖牝馬としても1945年のデューハーストステークス・1946年の1000ギニーステークス勝ち馬ハイペリカム、1945年のヨークシャーオークス勝ち馬アンジェロア、1950年のヨークシャーオークス勝ち馬アバヴボードなどの活躍馬を輩出し、大成功を収めた。さらに孫世代からは1960年・1961年英リーディングサイアーオリオール、1972年米リーディングサイアーのラウンドテーブルが出ており、フェオラの血は世界中に広まった。ハイペリカムの末裔には2005年中央競馬クラシック三冠・2012年~2022年日本リーディングサイアーのディープインパクトがいる。

フェオラ自身は1951年に最後の産駒であるフェスティヴァルライトを産んでから、あまり間を置かずに亡くなったとみられる[2]

牝系図

  • 牝系図の主要な部分(G1級競走優勝馬、日本のグレード制重賞優勝馬、その他個別記事のある馬)は以下の通り。*は日本に輸入された馬。「f」は「filly(牝馬)」の略、「c」は「colt(牡馬)」の略。
  • 牝系図の出展:galopp-sieger.de

その他の近親

本馬の姉妹からも牝系が広がっており、その系図を以下に記載する。

血統表

脚注

外部リンク

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