ツール・ド・フランス1965
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| 第52回 ツール・ド・フランス 1965 | |
| 全行程 | 22区間、4177km |
| 総合優勝 | フェリーチェ・ジモンディ 116時間42分06秒 |
| 2位 | レイモン・プリドール +2分40秒 |
| 3位 | ジャンニ・モッタ +9分18秒 |
| 4位 | アンリ・アングラード +12分43秒 |
| 5位 | ジャンクロード・ルボーベ +12分56秒 |
| ポイント賞 | ヤン・ヤンセン 144ポイント |
| 2位 | ギド・レイブローク 130ポイント |
| 3位 | フェリーチェ・ジモンディ 124ポイント |
| 山岳賞 | フリオ・ヒメネス 133ポイント |
| 2位 | フラン・ブランド 73ポイント |
| 3位 | ジョアキン・ガレラ 68ポイント |
ツール・ド・フランス1965は、ツール・ド・フランスとしては52回目の大会。1965年6月22日から7月14日まで、全22ステージで行われた。
史上初の総合4連覇を達成したジャック・アンクティルが、故障したというわけではないにもかかわらず不参加となり、戦わずしてツール5連覇の夢が潰えた。これには次のような理由が挙げられていると言われる。
まず4連覇を果たしたとはいえ、アンクティルの戦い方というのはタイムトライアルで一気に力の違いを見せ付けるものの、山岳では確かに区間優勝を果たしたことがあったとはいえ、自らアタックをかけるような走りは見せず、主にクライマーの力を借りて上位に食い込んでいた形が多かった。また序盤の平地区間では様子を見るようなレースが多かった。
先にツール3連覇を果たしたルイゾン・ボベの場合は逆に、山岳コースで一気にライバルたちを蹴落とす形のレースを行っていた。フランス国中から、アンクティルの戦い方に非難が集中。マスコミも徹底的にアンクティルを批判した(一方、フランス国内においてはレイモン・プリドールのほうが絶大なる人気を博していた)。
またこうした世論の流れに対してアンクティル自身も走る気が起こらなくなっていったという。そのため不参加になったと考えられている。