パリに咲くエトワール
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| パリに咲くエトワール | |
|---|---|
| 監督 | 谷口悟朗 |
| 脚本 | 吉田玲子 |
| 原作 | |
| 製作 |
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| 出演者 | |
| 音楽 | 服部隆之 |
| 主題歌 |
緑黄色社会 「風に乗る」 |
| 撮影 | 江間常高 |
| 編集 | 廣瀬清志 |
| 制作会社 | アルボアニメーション |
| 配給 | 松竹 |
| 公開 |
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| 言語 | 日本語 |
『パリに咲くエトワール』(パリにさくエトワール、フランス語:L'étoile de Paris en fleur、英語:Samurai Ballerina[1][2])は、2026年公開のアルボアニメーション制作による日本のアニメーション映画[3]。略称は『パリエト』[4]。
20世紀初頭のパリ。日本を離れてパリに渡った画家志望の少女フジコは、5年の時を経て、かつて日本で面識のあったバレエを志す千鶴と現地で再会する。トラブルに巻き込まれたフジコをその場に居合わせた千鶴が助けたことが、二人の再会のきっかけとなった。千鶴がバレエへの夢を抱いていることを知ったフジコは、同じアパルトマンに住む青年ルスランの母オルガがロシア出身の元バレリーナであることに目をつけ、千鶴のためにレッスンを依頼する。千鶴はオルガのもとでバレエの稽古に励むようになる。
一方、フジコの渡仏を支え保護者的な役割を果たしていた叔父の若林がある日突然姿を消す。後ろ盾を失ったフジコは知人のつてを頼って家賃の安いアパルトマンへ移り、カフェでアルバイトをしながら生活を続けていく。二人はそれぞれの夢に向かって歩みを進めながら、互いの状況を遠くから見守り合う関係を育んでいく。
千鶴はオルガの指導のもとバレエの技術を磨いていく。千鶴の両親は彼女の縁談のために帰国を求めるが、千鶴はそれを振り切ってパリに留まり、バレリーナとしての道を追い続ける。千鶴がバレリーナとして着実に歩みを進めていくのに対し、フジコはスランプに陥り絵が描けない状態が続く。やがて千鶴はオペラ座での公演への参加を果たす。その舞台で千鶴が踊る姿を目にしたフジコは、かつて感じた感動を取り戻し、再び絵筆をとる気力を得る。
登場人物
- 継田 フジコ(つぐた フジコ)
- 声 - 當真あみ
- 画家を志す日本人の少女。結婚して家庭に入ることを望む両親の意向に反してパリ行きを望み、叔父・若林の助けを借りて渡仏を実現させた。他者の困難を見過ごすことができない性格であり、行動力がある。柴犬のマメゾウをパリへ連れてきており、若林が失踪した後はアルバイトをしながら自立した生活を送る。スランプによって一時絵が描けない状態に陥るが、千鶴のオペラ座での舞台を目にしたことで再び創作への意欲を取り戻す。
- 園井 千鶴(そのい ちづる)
- 声 - 嵐莉菜
- 幼少期に観たバレエに心を惹かれ、バレリーナになることを夢見ている日本人の少女。両親は薙刀の道場を営み、自身も古武術としての薙刀の腕は確かであるが、自分の意思を主張することを不得手としており、両親の意向に逆らいにくい面がある。フジコの働きかけによってオルガのもとでバレエの稽古を始め、帰国を求める両親を振り切ってパリに残留する決断を下す。その後バレリーナとして歩みを重ね、オペラ座の公演への参加を果たす。
- ルスラン
- 声 - 早乙女太一
- フジコと同じアパルトマンに居住する青年。幼少期に母オルガとともにロシアからパリへ亡命した経緯を持ち、現在はパリ音楽院に通いながら作曲家を志している。フジコが行き詰まった際には話し相手となる役割を担う。
- オルガ
- 声 - 門脇麦
- ルスランの母。ロシア出身の元バレリーナであり、現在はキャバレーで踊り子として生計を立てている。フジコから千鶴へのバレエ指導を依頼され、千鶴の師となる。
- 若林 忠(わかばやし ただし)
- 声 - 尾上松也
- フジコの叔父。口達者で調子のいい人物であり、パリで画廊の経営など商売を手がけている。フジコの渡仏を後援し保護者的な立場にあったが、ある時点で突然姿を消す。
- 矢島 正一(やじま せいいち)
- 声 - 津田健次郎
- フジコの兄・栄太郎の友人。リヨンの帝国領事館に勤務しており、継田家の依頼を受けてフジコの様子を確認するためパリを繰り返し訪問する。
- 継田 金吾(つぐた きんご)
- 声 - 藤真秀
- フジコの父で、建築家。
- 継田 トミ子(つぐた トミこ)
- 声 - 甲斐田裕子
- フジコの母。
- 園井 健吉(そのい けんきち)
- 声 - 大塚明夫
- 千鶴の父。薙刀道場主でフジコの父とは知り合い。薙刀をヨーロッパに伝えるため道場を挙げてパリに移住する。
- 園井 邦枝(そのい くにえ)
- 声 - 榊原良子
- 千鶴の母。夫とともに薙刀道場を営む。
- エンゾ
- 声 - 角田晃広
- 若林の画廊を手伝う大柄な男で、若林が開いた日本料理店の店長も任される。若林の失踪後もパリに留まり、千鶴やフジコを時に手伝う。
- マディ
- 声 - 唐沢潤
- フジコと同じアパルトマンの住人の中年女性。作ったジャムをフジコに分け与える。
- ジャンヌ
- 声 - 名塚佳織
- フジコのアパルトマンで隣室に住む若い女性。酒好きで酔ってしばしばくだを巻く。
- マリア
- 声 - 内山夕実
- フジコと同じアパルトマンの住民で息子のトマと二人暮らし。
- トマ
- 声 - 村瀬歩
- フジコと同じアパルトマンに住む男の子でマリアの息子。
- モラン
- 声 - 岩崎ひろし
- 千鶴の薙刀道場に通う老人で墓守。かつてはナポリで銀行員をしていた。
- アンヌ
- 声 - 生天目仁美
- パリ・オペラ座附属バレエ団のスタッフ(教官)で、元バレリーナ。幼少期のフジコと千鶴が観劇した横浜ゲーテ座での『ジゼル』公演ではプリマを務めていた。
- マチルダ
- 声 - 永瀬アンナ
- オペラ座附属バレエ団員で若手の中での実力者。
- クロエ
- 声 - 黒沢ともよ
- オペラ座附属バレエ団員。
- ロザリー
- 声 - 矢野妃菜喜
- オペラ座附属バレエ団員。
- カウフマン
- 声 - 佐藤せつじ
- 若林の借金取り立てに現れた三人組の一人で、西洋の棒術を使う。
- ジョルジュ
- 声 - 小川剛生
- 若林の借金取り立てに現れた三人組の一人。ハンマーによる武術を使う。
- アルベール
- 声 - 佐々木誠二
- 若林の借金取り立てに現れた三人組の一人。体格がよく、素手で戦う。
- ギャルソン
- 声 - 吉野裕行
- 若林の失踪後にフジコが勤めたカフェの従業員。
主題歌
製作
| 原作 | 谷口悟朗、 バンダイナムコフィルムワークス、 アルボアニメーション |
|---|---|
| 監督・絵コンテ | 谷口悟朗 |
| キャラクター演出・絵コンテ清書 | 千羽由利子 |
| リサーチャー | 白土晴一 |
| 脚本 | 吉田玲子 |
| キャラクター原案 | 近藤勝也 |
| アニメーションキャラクターデザイン | 山下祐 |
| プロップデザイン | 尾崎智美 |
| メカデザイン | 片貝文洋 |
| バレエ作画監督 | やぐちひろこ |
| 殺陣作画監督 | 中田栄治 |
| 美術監督 | 金子雄司 |
| 色彩設計 | 柴田亜紀子 |
| 撮影監督 | 江間常高 |
| 3DCGデザイン | 神谷久泰 |
| 編集 | 廣瀬清志 |
| 音響監督 | 若林和弘 |
| 音楽 | 服部隆之 |
| プロデューサー | 湯川淳、飯塚寿雄、 伊藤將彦、カルキ・ラジーブ |
| アニメーションプロデューサー | カルキ・ラジーブ |
| アニメーション制作 | アルボアニメーション |
| 製作 | バンダイナムコフィルムワークス、 松竹、 TBSテレビ、 バンダイナムコミュージックライブ、 アルボアニメーション |
企画経緯
本作の企画は新型コロナウイルス感染症のパンデミック以前にあたる2017年から2018年頃に始動した[6]。バンダイナムコフィルムワークスの湯川淳プロデューサーから谷口悟朗監督にオリジナル映画制作の打診があったことが発端であり、メカやバトルを軸にした少年主人公の作品とは異なる方向性を模索する形で、最初は自主製作に近い体制でひっそりとスタートした企画であった[7]。制作現場を引き受けることになったのはアルボアニメーションのカルキ・ラジーブであり、ラジーブはキャラクター原案の近藤勝也および総作画監督の山下祐にも声をかけた[7]。
舞台としてパリが選ばれた理由について谷口は、ほとんどの日本人が「パリ」という地名を知っているであろうという点を挙げている[8]。また、未来を舞台にするとSFになり、現代の日本を舞台にすると映画館集客に足りるものがない一方、過去の日本を舞台とするアイデアも具体的なビジュアルが浮かばなかったとしており、20世紀初頭のパリという設定は舞台の選定とともに自然に定まったと述べている[6]。プロデューサー側からは女性層も広く鑑賞できる作品にするよう要望があり、これを受けて主人公を女性とする方向で物語が構成されていった[8]。谷口はSFやロボットを主軸としない、幅広い層に向けた作品を意識していたと語っている[6]。
当初の企画段階では、オーケストラの指揮を目指す女の子の物語として構想されており、この女の子がのちのフジコに相当するキャラクターの原型であった[9]。2019年には谷口、山下、脚本担当の吉田玲子らがともにパリへロケーションハンティングに赴き、これが山下と谷口の初顔合わせとなった[6]。このロケーションハンティングはコロナ禍が始まる直前の同年10月のことであり[10]、モンマルトルやモンパルナス周辺など当時の画家や文化人が集まった地域が調査された[9]。
制作中には新型コロナウイルスの世界的流行が生じ、制作にも大きな影響を与えた。谷口はこの状況の中で「前から始まっていた変化」が「一気に不可逆になった」という実感が強まったとしており、「新しい流れ」と「継承すべきものとのせめぎ合い」が映画の舞台である20世紀初頭にも起きていたことに気づいたと述べている。社会状況そのものを描くのではなく、その社会に翻弄される個人の物語として本作を制作する意義もこの過程で明確になったという[7]。
制作体制
本作の制作はアルボアニメーションが担当した。谷口によれば同スタジオは大規模なものではなく、コツコツと作り上げる工程となったとされ、いくつかのピンチも経験したとされている[6]。山下は作画段階だけで2年以上を要したと振り返っており、納品間際には寂しさとともにようやく公開できる喜びを感じていたと述べている[6]。
スタッフ面では、バレエシーンを専門的に担当するバレエ作画監督としてやぐちひろこが、薙刀のアクションシーンを担当する殺陣作画監督として中田栄治がそれぞれ参加した[7]。中田はパイロットフィルムの段階から原画で参加しており、そこで谷口から薙刀とアクションまわりを担当するよう求められ、なしくずし的に殺陣作画監督を務めることになったと述べている[9]。キャラクター演出は千羽由利子が担当し、各キャラクターの芝居の方向性をレイアウト段階で統一する役割を果たした[6]。山下は、千羽が妥協をしない姿勢で各パートの演出や作画スタッフに対し各カットで表現したい心情やシーン全体の芝居の段取りを詳細に伝えたとし、千羽がいなければ映像のカロリーは大きく変わっていたと述べている[10]。色彩設計は柴田亜紀子が担当し、細部のリサーチにはリサーチャーの白土晴一が対応した[8]。
キャラクターデザイン
キャラクター原案は近藤勝也が担当した。2018年にカルキ・ラジーブが近藤の自宅を直接訪問して企画を説明し、参加を打診した[9]。近藤はこれまでキャラクターを作成した際には必ず自分で作画監督を務めてきたとしており、当初は断ろうとも考えたと述べているが、ラジーブの誠実な人柄に動かされてデザインを引き受けることにしたという[9]。ラジーブから「この先、20年も生きてくれるキャラクター」というオーダーが示されたこともあり、近藤は奇をてらわないストレートなキャラクターとしてフジコを作り上げた。フジコのデザインにはカルキが『魔女の宅急便』を好んでいた経緯もあり、自然と同作のキキの雰囲気が入ることになったと近藤は述べている[9]。千鶴はフジコとのバランスを考え、シルエットではっきり区別できるようデザインされた[9]。谷口によれば近藤の提案は脚本を元にした段階から大きな変更を要しない完成度の高いものであり、細かい微調整のみで済んだとされる[8]。谷口はパンフレットのインタビューにおいても、近藤のデザインはシンプルで余計な情報を重ねないことでキャラクターの個性が伝わるものであったと評しており、原画まで担当してもらったことに感謝を示している[7]。近藤は冒頭のゲーテ座のシーンや妖精の登場カットの原画を担当した[9]。
総作画監督を務めた山下祐は、2018年頃にアルボアニメーションのカルキ・ラジーブから連絡を受けたことが参加のきっかけであった[10]。当初はアルボアニメーションとも谷口とも接点がなく、実際に動く企画かどうか警戒していたと山下は明かしている[10]。参加を決めた理由として山下はかねてより谷口と仕事をしてみたかったことを挙げており、千羽由利子のような人物と接点が持てることも動機のひとつであったとしている[10]。2019年のパリへのロケーションハンティングへの参加を経て正式に参加が決まり、別の仕事を終えてから実際の作業に入り、2020年秋から冬頃に作業を開始した。翌2021年には映像の方向性を示すパイロットフィルムが制作された[10]。パイロットフィルムの制作においては、作画や内容よりも撮影処理や色の方向性を定めることが主な目的であったと山下は述べている。当初、撮影担当者が当時の一般的な処理を加えてきたところ、山下はディフュージョンやフォギーといったフィルターがパリを舞台とした作品に湿度のある日本的な印象を与えてしまうとして、そうした処理を最小限に抑えるよう求めた[10]。また、撮影段階での色の変更を極力控え、色彩設計の柴田亜紀子が基本的な色を設定時に作成し、撮影では微調整にとどめる体制がとられた[10]。美術監督は金子雄司(背景美術会社・青写真代表)が担当し、美術をしっかりと見せる画面づくりが志向された[10]。
近藤のキャラクター原案からアニメーション用のデザインへの落とし込みにあたり山下は、近藤の絵の完成度の高さを認めつつも、まったく同じスタイルで描くことは自分の役割ではないとの判断に至り、映像になったときにキャラクターらしく見えることを最優先として自分なりに落とし込んでいったと述べている[10]。近藤の原案を模写的に再現しようとすると現場の作業が困難になるという判断から、総作監として修正を入れられるデザインにすることを重視したとしている[10]。なお山下は、近藤のキャラクターの力強い印象と魅力がスタッフ全員に影響を与えているとも述べている[10]。
脚本
脚本は吉田玲子が担当した。企画を練る過程で少し異なる視点が必要という判断がなされ、吉田が参加することとなった[7]。
吉田が参加した時点では内容はオーケストラの指揮を目指す女の子の物語であった。吉田はこの時代設定において女性指揮者を目指す物語にはハードルの高さがあるとして、10代の女の子が挑戦でき、かつ当時の女の子が現実的に目指せるものとしてバレエと絵画を提案した[9]。主人公を2人の女の子にしたのはメインが1人だとドラマを作りにくいという理由からであり、互いに応援し合うことでストーリーを構築しやすくなるとの考えによるものであった。また、2人とも夢を実現するより、一方がもう一方の夢を応援しそれを通じて自分の夢に立ち返るというドラマのほうがリアリティがあり観客の視線にも近いと吉田は考えていたという[9]。2人のキャラクターについては「表には出せないけれど胸に夢を秘めて一途に努力する子」と「社交的で元気だが自分を見失いがちで意外と自信がない子」という対比が意識された[9]。
谷口は男性が考える理想や構造が作品に入り込むことへの危惧があったとし、それをフラットにするために吉田に脚本を依頼し、吉田の考えるドリームを叩き込んでほしいという形で要請したと述べている[8]。本作の重要な要素であるバレエについても吉田の提案が発端となっており、谷口はクラシックバレエを正確に描くことの困難さを認識しながらも突破口が見えるならば進めようという判断でその提案を受け入れたと語っている[8]。
吉田の脚本の特徴について谷口は、キャラクターの感情の動きをセリフではなく絵や状況に置き換えて表現するスタイルが演出家として非常に刺激的な体験であったと語っており、脚本の行間を演出家がどう汲み取るかが重要であったと述べている[7]。また吉田の品の良さが作品に現れており、エンゾや若林といったキャラクターが品よくまとまっているのは吉田の脚本によるものと谷口は評している[7]。なお、作中に登場する若林というキャラクターは当時のパリにおいて浮世絵を安く仕入れて財を成した人物が実際に存在したという史実をヒントにしており、谷口もこのキャラクターへのアイデアを多く出したと吉田は述べている[9]。作中では相当の時間が経過することから、登場人物の変化と時間経過、時代の空気の変化をどのように表現するかに苦労したとも吉田は語っている[9]。
映像表現
本作では手描きによる表現を可能な限り追求する方針が採られた。谷口は心情に関わる要素ほど撮影後の後処理ではなく手描きで表現しようとしたと述べており、CGも使用しているものの演出スタイルとしては撮影前に準備を完結させる特撮的な手法を基本とし、VFXにはあまり頼らないという考えで制作が進められた[6]。谷口と山下はともに手で描くことで情報をコントロールできるという考えを共有しており、手描きならではの説得力と面白さがあるという立場をとっている[6]。最新の技術も必要に応じて使用しているが、技術を誇示するためではなく必要なものを必要だから使うという姿勢を谷口は示している[6]。アニメとして既存の記号の集積体になることを避け、可能な限り芝居という形を重視することも意図された。千羽由利子がキャラクター演出として各パートの演出や作画スタッフに対し各カットで表現したい心情やシーン全体の芝居の段取りを詳細に説明することで、キャラクターごとの固有の所作が映像として定着していった[10]。
映像の色彩についても独自の方針がとられた。山下は美術監督の金子雄司が描いた背景美術をしっかりと見せたいという考えから撮影段階での処理を極力薄くするよう求め、色彩設計の柴田亜紀子が設定段階でキャラクターの色を作成し撮影では微調整にとどめる体制とした[10]。また本作は基本的に2コマ(1秒あたり12枚の絵を使用し、通常の3コマより動きをなめらかにする方式)での制作方針がとられた。谷口はこの方針について海外の作品のようにグローバル的に見やすくする意図があると説明していたと山下は述べている[10]。全編で1700カット強のカットが存在し、山下はレイアウトと原画の段階でそのすべてをチェックした[10]。
バレエシーンの制作においては、ロシアバレエとフランスバレエとでは身体の使い方が異なるという問題があり、その違いを作画で描き分けることは困難であったため、プロのダンサーに実際に踊らせた映像をモーションキャプチャーで撮影し、作画の下敷きとして活用した[8]。バレエ経験者であるやぐちひろこがバレエ作画監督を担当し、バレエらしさを理解した上での描写を担ったことが制作を大きく支えたと谷口は述べている[7]。
薙刀(なぎなた)のアクションシーンについては、本作の時代設定が全日本なぎなた連盟設立以前であることから、古流武術・北辰一刀流の道場である玄武館に取材を行い、数日間の指導を受けた[9]。谷口や山下、キャラクター演出の千羽由利子、リサーチャーの白土晴一、および原画スタッフらが実際に薙刀を振るうところから制作に取り組んだ[8]。殺陣作画監督の中田栄治は薙刀を複数本購入してスタジオで実際に動いてみるなど身体を使った調査を重ね、また制作スタッフにも薙刀を手に取らせることで初心者がやりがちな動きの観察が練習生たちの動き表現の参考になったと述べている[9]。中田はアクションのリアリティとアニメとしてのエンターテインメント性のバランスをとることに苦慮したと語っており、千鶴がパリでフジコと再会するシーンでは武術家らしい無駄のない動きを意識し、のちの演舞シーンではバレエ的な動きを加えるなど場面ごとに異なるアプローチがなされた。バレエの動きを薙刀の所作に反映させるにあたってはやぐちひろこにも確認が行われた[9]。
食事シーンをはじめとする日常芝居についても丁寧な描写が意識された。細部のリサーチには白土晴一が対応し、小道具の色や形にいたるまで少しでも疑問があれば確認するという体制が構築された[6]。谷口はファンタジー的な要素が入ると作品として成立しなくなるという考えから、キャラクターが生活した空間を伝えることを重視し、嘘をできる限り排除する方針をとったと述べている[6]。
また本作にはメカデザインのクレジットが存在し、公開前にはロボットが登場するのではないかという憶測がSNS上で生じた。これについて谷口はメカデザインとはあくまで「機械(メカ)」のデザインを指すものであり、ロボットに限定される概念ではないと説明している[8]。
音楽
音楽は服部隆之が担当した。タイトルが当初の「もののふバレリーナ」から『パリに咲くエトワール』へ変更されたことを受け、服部はアコーディオンをさまざまな楽曲で使用する方針を固めたと述べている[9]。実際のパリという街ではアコーディオンの音が至るところで聞こえるとして、「日本人がイメージするパリ」を積極的に表現することに決めたとしている[9]。アコーディオンを使用しない楽曲については、作品の舞台であるベル・エポック期のフランスに生きた作曲家ラヴェルやドビュッシーの雰囲気を意識して作曲された[9]。谷口監督からの音楽へのオーダーとして、服部は「悲しいけど悲しすぎない、派手だけど派手過ぎない」というバランスを求められた楽曲が多かったと述べている[9]。
作中に登場するバレエ「ジゼル」の楽曲については、勝手にアレンジのできない性質の楽曲であることから譜面を取り寄せることから作業が始まり、指揮は普段から新国立劇場などでバレエの指揮を担当する冨田実里に依頼した[9]。作中でルスランが弾くピアノの録音にあたっては劇中の状況を再現するために古いアップライトのピアノが用意された。このキャラクターがロシア人であることから、ショパンやラフマニノフのようなテイストを込めて作曲されたと服部は述べている[9]。
キャスティング
主人公フジコの声を務めたのは當真あみである。谷口によれば当時の當真の持つ声質の中にある種の透明感がナチュラルに出る時期であるという判断が起用の根拠となった。キャリアを積んだ後には技として表現できる部分もあるが、それは谷口の考えるフジコとは異なるものになり得るという見解が示されている[11]。
千鶴の声を務めたのは嵐莉菜であり、声優としては本作が初挑戦となった。谷口によればオーディション段階では嵐の知名度がまだ高くなかったことから起用をめぐる議論もあったとされるが、後退できない状況にある切迫感が千鶴というキャラクターに合うと判断し、抜擢に至ったとされる[11]。嵐はアフレコが完全に初めての経験であったため、共演者である當真のスタジオでの様子を見学することもあったといい、その頃の両者の関係は新学期の初めのような空気感であったと嵐自身も述べている[12]。また、スタジオでは実際の薙刀を手にする機会があり、その重さに驚いたと嵐は語っている[12]。
オルガ役の門脇麦については、谷口が役者としての姿勢や向き合い方に強い魅力を感じており、ぜひ参加してほしいと要請したものであり、一緒に仕事をしたいという意向を持っていたと谷口は述べている[11]。若林忠役の尾上松也については当初は多くの候補者の一人であったが、他作品での演技を確認する中で十分な表現が可能であるという確信を持つに至ったと谷口は語っている[11]。また早乙女太一や角田晃広も出演しており、谷口はこれらの出演者がそれぞれの役によく合ったと評している[11]。津田健次郎については谷口は声優枠として想定していたものの、取材対応においては顔出しの俳優として扱われることが多かったとし、出演者をそのような区分でとらえることは宣伝上の問題に過ぎないとの考えを示している[11]。
作風
物語の構成とテーマ性
ライターの徳田要太は、谷口が過去の担当作で描いてきた大局的な世界観やダイナミックな状況提示の手法と、吉田が得意とする少女たちの精緻な人間関係の描写が融合していると分析している[4]。作中では、第一次世界大戦の開戦が迫る時代背景や人種差別といった社会問題が示唆されるものの、それらを打倒すべき明確な障壁として扱うのではなく、あくまで主人公たちの内面や個人的な関係性に焦点を当てる構成が採用されている[4]。
また徳田は、日本の古武術である薙刀と西洋文化の象徴であるバレエが、対立構造としてではなく、双方とも映像的なこだわりをもって平等かつ肯定的に描かれている点に注目している[4]:2。千鶴の動きにおいて、相反するように見える武術の癖とバレエの動作が相補的な関係として機能し、彼女の達成につながるという物語的構造が指摘されている[4]:2。
映像表現とアニメーション手法
本作の表現手法における最大の特徴の一つは、バレエシーンでのアニメーション表現への挑戦である[13]。作中の振付は、元ウクライナ国立オペラ・バレエ劇場リーディング・ソリストの田北志のぶや、パリ・オペラ座バレエ団元エトワールのウィルフリード・ロモリが担当した[14]:3。これらのプロのダンサーによるモーションキャプチャーを基に3DCGで映像化し、そこにアニメーターが手描きで指先や表情といった細部の感情表現を描き加えるという手法がとられている[13]。バレエ作画監督を務めたやぐちひろこによれば、つま先の伸ばし方や手の使い方などの先端の美しさを表現するために細心の注意が払われたとされる[15]。また、千鶴が薙刀の経験者であるという設定を踊りに反映させるため、股関節の固さなどの特徴も意図的にアニメーションの動きに落とし込まれている[15]。
舞台となる20世紀初頭のパリの情景描写についても、綿密なロケーション設定に基づく背景美術が用いられている[13]。パサージュ・ジュフロワやアレクサンドル3世橋、モンマルトルの丘といった実在の場所が精緻に描かれ、クロード・モネやピエール=オーギュスト・ルノワール、アルフォンス・ミュシャらの名画がシーンの切り替わりに挿入されることで、ベル・エポック終盤という時代性が強調されている[13]。監督の谷口は、意図的に現実世界の完全な再現ではなく、希望に燃える主人公たちの目を通した美しい情景としてパリを描写していると分析されている[13]。
評価
興行成績
公開週末3日間の興行収入は約5560万円でベスト10圏外だったが、10日目では1億4000万円を突破した[16]。3月24日の時点で、初動が低調ながらリピーターや口コミ客により興行を伸ばしたオリジナル劇場アニメ『アイの歌声を聴かせて』の推移を連想させるという見解も見られる[16]。
観客からの反響
MOVIE WALKER PRESSは公開に先駆けた特別試写会においてアンケートを実施した[14]。石塚圭子によれば、試写会参加者からは夢を追う2人の少女への共感や、彼女たちの姿勢に背中を押されたとする声が年代を問わず多数寄せられたという[14]。また本作が普段はアニメ映画をあまり観ない層にも刺さる作品として受け入れられた点も報告されており、女性主人公を軸にした劇場オリジナルアニメとして幅広い層から一定の評価を得たという[14]。
公開直後からSNSでは内容を絶賛する書き込みが多く寄せられ、映画.comは公開11日後の3月24日時点で観客評価が5点中3.7と報じた[16]。
専門家・各方面からの反響
バレエ描写については、バレエダンサー・熊川哲也が総監督を務めるK-BALLET TOKYOのトップダンサーたちが公開前に本作の映像を鑑賞し、高い評価を示した[15]。ファーストソリストの木下乃泉は脚の持っていき方や動きの流れ、ポーズとポーズの間の通り道の正確さを称え、ソリストの大久保沙耶は技術的な描写の精度についてバレエダンサーでなければ気づかないほどの水準であると述べた[15]。またファースト・アーティストの布瀬川桃子はチュチュがジャンプのたびに揺れる細部の再現に着目し、その精密さを絶賛した[15]。
批評家による評価
GAME Watchの勝田哲也は本作がパリとバレエの描写に並々ならぬ情熱を注いだ作品であると評しており、綿密な取材と制作スタッフの情熱によって細部まで描き出されたパリの街並みと、アニメーションでバレエを表現するという挑戦が明確に伝わってくると述べている[13]。特にバレエシーンについては、実写映像にはない演出やアングルの工夫が施されており、バレリーナの動きを観客が受け取る幻想的な映像への切り替えなどアニメならではの映像表現が実現されていると論じている[13]。一方で勝田は、千鶴のバレリーナとしての成長が丁寧に描かれているのに対し、フジコの画家としての成長描写が相対的に不足しているという点を批判的に指摘しており、2人の成長のバランスが取れていない印象を受けたと述べている[13]。また一部の演出について、キャラクターを立てるためのわかりやすい構造が透けて見える場面があり、脚本と構成においてより研ぎ澄ます余地があったとも論じている[13]。
Real Sound映画部の徳田要太は、谷口悟朗と吉田玲子の初タッグという点を本作の最大の注目ポイントとして位置づけており、21世紀の国内アニメーションにおいて最重要クリエイターの一人と評されるそれぞれの作家性が本作においてどのように融合しているかを分析している[4]。徳田によれば、本作は大状況に主人公たちが立ち向かうダイナミズムよりも、フジコと千鶴の個人的な内面と人間関係に焦点を当て続けており、これは吉田脚本の美点として機能しているという[4]。
『ジャパンタイムズ』の紹介記事は、憧れの国に移り住みながら想像外の困難に直面するストーリーは多くの読者の共感を呼ぶだろうと評するとともに、バレエの華麗な描写は見る者を楽しませ、武術の道から初心者としてバレエに挑む人物の独特な動きも再現していると評した[2]。一方で、偏見を持つ同僚がフジコの行動を見て不十分ながら敬意を抱いたり、終盤の展開の変化(リアリズムからはみ出す)はやや月並みであるとし、勝田哲也と同じように、主人公であるフジコの絵画活動が停滞して千鶴のバレエの描写に重点が置かれる点が奇異に見えるとする[2]。それらを踏まえ、すべてが成功していないにせよ、実績を持つ谷口が従来の原作つきやSF作品から離れたオリジナルに挑戦したことは刺激的で、壮大な夢を追ったことのある人には楽しめる点が多々あると結論づけた[2]。
ノミネーション
2026年4月22日、同年のザグレブ国際アニメーション映画祭長編映画コンペティション部門にノミネートされたことが発表された[17][18]。監督の谷口はコメントの中で「今回の選出が単に“選ばれた”という以上に、この作品が持つ本質を正当に評価していただけたのだという、確かな手応えを感じるものでした。(中略)数ある作品の中から本作を見いだし、評価していただきありがとうございます。国や文化を越え、同じ“アニメーション”という言語でつながれることは、私たちにとって大きな励みです。」と述べた[19]。