フェリックス・ペーニャ

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生年月日 (1990-02-25) 1990年2月25日(36歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
185 lb =約83.9 kg
フェリックス・ペーニャ
Félix Peña
中信兄弟 #34
基本情報
国籍 ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国
出身地 サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス
生年月日 (1990-02-25) 1990年2月25日(36歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2009年 アマチュアFA
初出場 MLB / 2016年8月19日
KBO / 2022年7月3日
CPBL / 2025年4月19日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

フェリックス・リカルド・ペーニャFélix Ricardo Peña, 1990年2月25日 - )は、ドミニカ共和国サン・ペドロ・デ・マコリス州サンペドロ・デ・マコリス出身のプロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入りとカブス時代

2009年にアマチュア・フリーエージェントでシカゴ・カブスと契約してプロ入り。契約後、傘下のルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・カブス2でプロデビュー。14試合(先発6試合)に登板して1勝4敗、防御率3.58、38奪三振を記録した。

2010年はルーキー級ドミニカン・サマーリーグ・カブス1でプレーし、20試合(先発1試合)に登板して1勝2敗2セーブ、防御率1.17、38奪三振を記録した。

2011年アメリカ本土へ渡った。この年はルーキー級アリゾナリーグ・カブスでプレーし、17試合に登板して3勝2敗1セーブ、防御率6.92、32奪三振を記録した。

2012年はA-級ボイシ・ホークスとA級ピオリア・チーフスでプレーし、2球団合計で21試合(先発6試合)に登板して4勝2敗、防御率3.58、52奪三振を記録した。

2013年はA級ケーンカウンティ・クーガーズ[1]でプレーし、21試合(先発17試合)に登板して4勝7敗1セーブ、防御率3.92、77奪三振を記録した。

2014年はA+級デイトナ・カブスとAA級テネシー・スモーキーズでプレーし、2球団合計で25試合に先発登板して6勝10敗、防御率4.15、102奪三振を記録した。

2015年はAA級テネシーでプレーし、25試合(先発23試合)に登板して7勝8敗、防御率3.75、140奪三振を記録した。

2016年は開幕からAAA級アイオワ・カブスでプレーし、36試合に登板して3勝4敗3セーブ、防御率3.41、81奪三振を記録した。8月19日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[2]。同日のコロラド・ロッキーズ戦でメジャーデビュー。この年メジャーでは11試合に登板して1セーブ、防御率4.00、13奪三振を記録した。

2017年は25試合に登板して1勝0敗、防御率5.24、37奪三振を記録した。レギュラーシーズン終了後の10月4日にDFAとなった[3]

エンゼルス時代

2017年10月9日に後日発表選手または金銭とのトレードで、ロサンゼルス・エンゼルスへ移籍した[3]

2018年は登板3試合目となった6月9日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦から先発に転向。17試合に先発してクオリティ・スタート(QS)は7試合あったが、勝ち星は3勝(5敗)にとどまった[4]

2019年は4月下旬からオープナー交代後のロングリリーフの役割を担い、7月12日のシアトル・マリナーズ戦(エンゼル・スタジアム)でテイラー・コール英語版との継投でのノーヒットノーランを達成した。3回から2番手で登板し、7回を1四球無安打に抑える好投だった。また、オープナーを起用した試合では初のノーヒットノーラン達成であった[5]。この年は22試合に登板して8勝を挙げた。

2021年は開幕後の2試合が2/3回で2失点、1回で5失点と大乱調に陥り[6]、ウェイバー公示を経て、5月11日にマイナー契約で傘下のAAA級ソルトレイク・ビーズへ配属された[7]。AAA級ソルトレイクでも31試合に登板して防御率8点台に終わり[3]、9月23日に自由契約となった[3]

メッツ傘下時代

2022年2月22日にニューヨーク・メッツとマイナー契約を結んだ[3]

韓国・ハンファ時代

2022年6月10日、韓国プロ野球ハンファ・イーグルスと契約した[8]。同年はハンファで5勝[9]、2023年は11勝を記録。2024年5月27日、ハンファからウェーバー公示された[10]

台湾・統一時代

2025年2月2日、台湾プロ野球統一ライオンズと契約した[11]

メキシカンリーグ時代

2026年2月12日、メキシカンリーグユカタン・ライオンズと契約した[12]

中信兄弟時代

2026年4月21日、台湾プロ野球の中信兄弟と契約した[13]

投球スタイル

最大の武器はスライダー。横の曲がりが大きいスイーパーであり、右打者を追い込むとこれを使って空振りを誘う。フォーシームもスピン量の多い一級品だが、制球にバラつきがあるため、一発を食いやすい。通常は速球6割、スライダー4割くらいの比率で投げている[14]。ほかにはシンカーチェンジアップを投げる。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2016 CHC 1100000012----359.0513101310444.000.89
2017 25000010011.00015534.13581812373021205.241.54
2018 LAA 19170003500.37538992.287122804857045434.181.24
2019 2270008301.72740796.1801634061018056494.581.18
2020 25000030241.00011526.2272801293012124.051.31
2021 200000000----161.2704002107737.806.60
2022 ハンファ 13130005400.55629367.26343004724033283.721.37
2023 3232000111100.500751177.1149145911814716482713.601.17
2024 990003500.37517137.14162000291028266.271.63
MLB:6年 1042400015838.6521117260.224139952132672301451354.661.29
  • 2024年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2016 CHC 110000----
2017 2525001.000
2018 LAA 19612021.000
2019 225630.786
2020 2523001.000
2021 20000
2022 ハンファ 132920.846
2023 3241850.815
2024 901001.000
MLB 104152632.932
  • 2024年度シーズン終了時

記録

MLB

初記録
投手記録
打撃記録

KBO

初記録

CPBL

初記録

背番号

  • 60(2016年 - 2017年)
  • 64(2018年 - 2021年)
  • 20(2022年 - 2024年)
  • 93(2025年)
  • 34(2026年 - )

脚注

関連項目

外部リンク

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