ブラッド・ピーコック

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生年月日 (1988-02-02) 1988年2月2日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
175 lb =約79.4 kg
ブラッド・ピーコック
Brad Peacock
ヒューストン・アストロズ時代
(2018年9月30日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 フロリダ州マイアミ
生年月日 (1988-02-02) 1988年2月2日(37歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
175 lb =約79.4 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト41巡目
初出場 2011年9月6日
年俸 $490,000 (2013年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ブラッド・ピーコックBradley J. "Brad" Peacock, 1988年2月2日 - )は、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミ出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

プロ入りとナショナルズ時代

ワシントン・ナショナルズ時代
(2011年9月17日)

2006年MLBドラフト41巡目(全体1231位)でワシントン・ナショナルズから指名され、プロ入り。

2011年には、「ベースボール・アメリカ」誌の有望株ランキングにおいて、マイナー全体で42位の評価を受けた[2]。同年のオールスター・フューチャーズゲームにも選出された。9月6日、ロサンゼルス・ドジャース戦でメジャーデビューを果たした。14日のニューヨーク・メッツ戦でメジャー初勝利を記録した。

アスレチックス傘下時代

2011年12月23日にジオ・ゴンザレスとの1対4のトレードで、トミー・ミローンデレク・ノリスA.J.コールらと共にオークランド・アスレチックスへ移籍した[3]が、2012年はメジャーで登板はしなかった。

アストロズ時代

2013年2月4日にフェルナンド・ロドリゲスジェド・ラウリーとの2対3のトレードで、クリス・カーターマックス・スタッシと共にヒューストン・アストロズへ移籍[4]。アストロズでは18試合に登板して、うち14試合が先発としての登板だった。5勝(6敗)を挙げたものの、防御率5.18に終わり、80イニング程度で15本の本塁打を浴びるなど、不本意な成績だった。

2014年は、層の薄いアストロズで先発ローテーションに入り、28試合に登板 (24試合が先発) 。勝ち星こそ4勝に終わったが、防御率を4.72に改善した。

2015年は4月14日の1試合のみに先発登板し、5.0回を5安打3失点という内容で敗戦投手になった。

2016年は10試合に登板し、その半数に当たる5試合で先発として投げた。防御率は3.69ながらFIPは5.17であり、勝ち星も2年連続で挙げられずじまいと投球内容はあまり良くなかった。

2017年は開幕当初リリーフとして起用され、シーズン初登板である4月5日のマイアミ・マーリンズ戦で3年ぶりの勝ち星を挙げた。5月半ばまでに12試合登板で16.1イニングを2失点と好投し、5月22日のデトロイト・タイガース戦から先発として起用されることとなった。結果34試合に登板し(うち先発が21試合)、自身初の二桁勝利となる13勝を挙げ、防御率は3.00、奪三振率も11.0と高水準を記録と、飛躍のシーズンになった。

2018年ゲリット・コールの加入により先発ローテーションが満たされたことから、年間を通じてリリーフに固定され、61試合に登板(内先発は1試合のみ)。3勝5敗3セーブ、防御率3.46、奪三振率13.3という成績を挙げ、リリーフ陣の一角として存在感を示した。

2020年オフの10月28日にFAとなった[5]

インディアンス傘下時代

2021年6月25日にクリーブランド・インディアンスとマイナー契約を結んだ[6]。加入後は傘下のAAA級コロンバス・クリッパーズへ配属され、11試合に登板(先発10試合)したが、0勝4敗、防御率7.68、38奪三振と振るわなかった。

レッドソックス時代

2021年8月30日に金銭トレードで、ボストン・レッドソックスへ移籍した[7]。翌日の8月31日にメジャー契約を結んでアクティブ・ロースター入りした[8]が、同日のタンパベイ・レイズ戦では先発して2.1回を5失点と炎上し、敗戦投手となった[9]。9月11日にマイナー契約で傘下のAAA級ウースター・レッドソックスへ配属された[10]。翌日の9月12日にフィリップス・バルデス新型コロナウイルスでの離脱を受け、特例措置で再びメジャー契約を結んで昇格した[11]が、登板機会が無いまま13日に再びマイナー契約でAAA級ウースターへ配属された[12]

レッドソックス退団後

2022年3月7日にカンザスシティ・ロイヤルズとマイナー契約を結んだが、7月17日に放出された。7月29日にミネソタ・ツインズと契約したが8月30日に放出されると翌日にマイナー契約で再契約した。11月10日にFAとなった[13]

2024年3月12日に母校のパームビーチセントラル高校の投手コーチに就任した。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2011 WSH 3200020001.0004812.070600410110.751.08
2013 HOU 18140005602.45536583.178153703774051485.181.38
2014 28240004901.308589131.21362070441196080694.721.57
2015 110000100.000225.050201300335.401.40
2016 1050000100.00012731.22161400282015133.691.11
2017 342100013200.867546132.01001057031616146443.001.19
2018 61100035310.37527265.056112003965026253.461.17
2019 23150007600.53838391.278153105961143424.121.19
2020 300000000----122.130101300227.711.71
MLB:9年 181830003430313.5312364554.2484772384205872522672474.011.30
  • 2020年度シーズン終了時

年度別守備成績



投手(P)












2011 WSH 310001.000
2013 HOU 1841010.933
2014 287721.875
2015 101001.000
2016 1022001.000
2017 3462111.964
2018 612310.833
2019 235420.818
2020 301001.000
MLB 181274972.916
  • 2020年度シーズン終了時

記録

MiLB

背番号

  • 41(2011年、2014年 - 2020年)
  • 43(2013年)
  • 44(2021年)

脚注

関連項目

外部リンク

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