ウィル・ハリス

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生年月日 (1984-08-28) 1984年8月28日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
225 lb =約102.1 kg
ウィル・ハリス
Will Harris
ワシントン・ナショナルズ時代
(2020年9月26日)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州ヒューストン
生年月日 (1984-08-28) 1984年8月28日(40歳)
身長
体重
6' 4" =約193 cm
225 lb =約102.1 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 2006年 MLBドラフト9巡目
初出場 2012年8月13日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

ウィル・ハリス英語: Will Harris, 本名:ウィリアム・テイラー・ハリスWilliam Taylor Harris, 1984年8月28日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州ヒューストン出身のプロ野球選手投手)。右投右打。フリーエージェント(FA)。愛称はビルBill[1]

プロ入りとロッキーズ時代

2006年MLBドラフト9巡目(全体258位)でコロラド・ロッキーズから指名され、6月8日に契約。契約後、傘下のA-級トリシティ・ダストデビルズ英語版でプロデビュー。22試合に登板して2勝3敗6セーブ、防御率1.16、42奪三振を記録した。

2007年はA級アッシュビル・ツーリスツでプレーし、38試合に登板して1勝2敗1セーブ、防御率1.32、68奪三振を記録した。

2008年はA+級モデスト・ナッツでプレーし、49試合に登板して3勝5敗3セーブ、防御率2.77、70奪三振を記録した。

2009年はA-級トリシティで1試合に登板。トミー・ジョン手術を行い、残りのシーズンを全休した。

2010年は前年の手術の影響で全休した。

2011年にA+級モデストで復帰。33試合に登板して3勝2敗、防御率5.55、55奪三振を記録した。

2012年はAA級タルサ・ドリラーズで開幕を迎え、7月にAAA級コロラドスプリングス・スカイソックスへ昇格。13試合に登板し2勝0敗、防御率1.02、20奪三振を記録した。8月11日にメジャー初昇格を果たし[2]、13日のミルウォーキー・ブルワーズ戦でメジャーデビュー。6点リードの9回表から登板し、1回を投げ2安打1本塁打1奪三振3失点だった。この年メジャーでは20試合に登板して1勝1敗、防御率8.15、19奪三振を記録した。

2013年3月5日にロッキーズと1年契約に合意したが、3月29日にDFAとなった[3]

ダイヤモンドバックス時代

2013年4月3日にウェイバー公示を経てオークランド・アスレチックスへ移籍した[4]が、直後の4月6日にウェイバー公示を経てアリゾナ・ダイヤモンドバックスへ移籍した[5]。5月8日にメジャー昇格[6]。昇格後はリリーフに定着した。61試合に登板して4勝1敗、防御率2.91、53奪三振を記録した。

2014年3月3日にダイヤモンドバックスと1年契約に合意した[7]。この年は29試合に登板して0勝3敗、防御率4.34、35奪三振を記録した。

アストロズ時代

2014年11月3日にウェイバー公示を経てヒューストン・アストロズへ移籍した[8]

ヒューストン・アストロズ時代
(2015年4月8日)

2015年は大ブレイクを果たす。この年、チームトップ[9]の68試合に登板して防御率1.90、WHIP0.90という圧倒的な成績をマーク。2セーブも挙げて、アストロズのリリーフ陣の中心として大車輪の活躍を見せた。

2016年は前半戦で39試合に登板して1勝1敗9セーブ、16ホールド、防御率1.62という好成績をマーク[10]。この活躍があってオールスターに選出された。最終的には66試合に登板して1勝2敗12セーブ、防御率2.25、WHIP1.05、奪三振率9.7と2年連続で好成績を残した。

2017年は7月に右肩の炎症で故障者リスト入りし[11]、約1ヶ月半離脱した。この離脱によって、この年は46試合登板にとどまったが、3勝2敗2セーブ、防御率2.98、WHIP0.97と成績自体は前年と同程度であった。

2019年は68試合に登板し4勝1敗4セーブ、防御率1.50の好成績をマーク、ポストシーズンでもALDSALCSで計7試合に登板し無失点に抑えチームの2年ぶりのリーグ優勝に貢献。ワシントン・ナショナルズとのワールドシリーズでも7試合中5試合に登板し、最終第7戦では先発ザック・グレインキーの後を受け2番手で登板したが、ハウィー・ケンドリックに痛恨の逆転2ランを被弾し、敗戦投手となりチームも敗退した。翌10月31日にFAとなった[12]

ナショナルズ時代

2020年1月3日にナショナルズと3年総額2400万ドルの契約を結んだ[13]。2020年シーズンは2019年程の数字を残すことは出来なかったが、それでも17.2回で21奪三振、防御率3.06だった[14]

2021年5月30日に胸郭出口症候群の手術を受けることが発表され、2021年シーズン最後まで欠場する可能性が高まった[15]。6月12日に60日間の故障者リストに入った[16]。8登板で防御率9.00だった。

2022年オフの11月6日にFAとなった[17]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2012 COL 2000001103.5008917.2273611194018168.151.87
2013 ARI 6100004104.80021752.25031512534017172.911.23
2014 2900000303.00012029.0273922351014144.341.24
2015 HOU 68000055213.50027671.04282211682018151.900.90
2016 660000121228.33325564.05231511694017162.251.05
2017 46000032220.60017745.1377700522015152.980.97
2018 61000053015.62523056.24831412646022223.491.09
2019 68000041426.80022960.04261400623014101.500.93
2020 WSH 2000000116.0008417.22139002110963.061.70
2021 800000100.000306.071300900669.001.67
MLB:10年 4470000232021118.5351707420.035340114794522601501372.941.11
  • 2021年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手(P)












2012 COL 2013001.000
2013 ARI 6129011.000
2014 2902001.000
2015 HOU 68311011.000
2016 6697011.000
2017 4676001.000
2018 61211011.000
2019 68610041.000
2020 WSH 200110.500
2021 80000----
MLB 447306018.989
  • 2021年度シーズン終了時

記録

背番号

  • 48(2012年)
  • 38(2013年 - 2014年)
  • 36(2015年 - 2022年)

脚注

関連項目

外部リンク

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