ブランドン・フィネガン

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生年月日 (1993-04-14) 1993年4月14日(32歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
185 lb =約83.9 kg
ブランドン・フィネガン
Brandon Finnegan
シンシナティ・レッズでの現役時代
(2017年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 テキサス州フォートワース
生年月日 (1993-04-14) 1993年4月14日(32歳)
身長
体重
5' 11" =約180.3 cm
185 lb =約83.9 kg
選手情報
投球・打席 左投左打
ポジション 投手
プロ入り 2014年 MLBドラフト1巡目
初出場 2014年9月7日
最終出場 2018年5月6日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チーム アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国

ブランドン・カイル・フィネガンBrandon Kyle Finnegan, 1993年4月14日 - )は、アメリカ合衆国テキサス州フォートワース出身の元プロ野球選手投手)。左投左打。

プロ入り前

2011年MLBドラフト45巡目(全体1374位)でテキサス・レンジャーズから指名されたが、この時は入団せずテキサスクリスチャン大学に進学。

2013年には第39回日米大学野球選手権大会のメンバーとして来日している。

プロ入りとロイヤルズ時代

2014年MLBドラフト1巡目(全体17位)でカンザスシティ・ロイヤルズから指名され[1]6月28日に契約[2]。入団後は傘下のA+級ウィルミントン・ブルーロックスとAA級ノースウエストアーカンソー・ナチュラルズでプレー。マイナーでは2球団合計で13試合(先発5試合)に登板して0勝4敗、防御率1.33、26奪三振を記録した。

9月1日にセプテンバーコールアップでメジャー初昇格[3]。9月6日のニューヨーク・ヤンキース戦(ヤンキー・スタジアム)でメジャーデビューしたが、これは2014年のドラフトで指名された選手の中で最も早いメジャーデビューとなった[4]。同年メジャーでは7試合・7.0イニングと出番こそ少なかったが、防御率1.29、投球回を上回る10三振を奪った一方で与四球は僅かに1と実力を発揮した[5]

ロイヤルズは同年、29年ぶりにポストシーズンに進出したが、フィネガンもメンバー登録された。9月30日オークランド・アスレチックスとのワイルドカードゲーム英語版では延長10回表から6番手として登板し、2.1イニングを投げた。12回表にアルベルト・カヤスポに勝ち越しの適時打を打たれたが、後続を代わったジェイソン・フレイザーが抑え、その裏にチームは2点を挙げて逆転でサヨナラ勝ちした[6]10月3日ロサンゼルス・エンゼルス・オブ・アナハイムとのディビジョンシリーズ第2戦では延長10回裏から4番手として登板して無失点に抑え、11回表にチームは勝ち越して逃げ切ったため、勝利投手となった[7]。ただ、サンフランシスコ・ジャイアンツとのワールドシリーズでは第3戦こそ無失点で抑えたものの、続く第4戦では1イニングを投げて5失点と打ち込まれて敗戦投手となった[8]。結局、それ以降は登板機会が無かった。チームも最終第7戦までもつれこむ激戦となったもののその試合に敗れ、シリーズ通算3勝4敗で惜しくもワールドシリーズ優勝を逃した。

2015年は開幕をマイナーで迎えたが、4月25日にメジャーへ昇格した[9]。この年ロイヤルズでは14試合に登板して防御率2.96、3勝無敗、WHIP1.19という好成績を記録した[5]

レッズ時代

2015年7月26日、ジョニー・クエトと金銭のトレードで、ジョン・ラムコディ・リードと共にシンシナティ・レッズへ移籍した [10]。レッズ加入後は、リリーフではなく先発で起用され、6試合中4試合で先発として投げた。防御率4.18・2勝2敗・WHIP1.23というスタッツのほか、23.2イニングで三振を24個奪った[5]。トータルでは20試合に登板し、うち4試合が先発登板、防御率3.56、5勝2敗、WHIP1.21、21四球、45奪三振という成績を記録した[5]

2016年、メジャー3年目で初めてフルシーズン先発ローテーションに定着し、31試合に先発登板。リーグワースト2位の84四球を出す制球面での課題はあったが、防御率3.98・10勝11敗・145奪三振・WHIP1.36というまずまずの成績を残し、低迷するチームにあってローテーションの中心的存在の1人として力投した[5]。なお、勝利数と敗戦数はともにキャリア唯一の二桁であった[5]

2017年は4試合に先発登板して1勝1敗、防御率4.15、16奪三振にとどまった[5]

2018年は5試合に先発登板して勝星なしの3敗、防御率7.40、14奪三振を記録した[5]。特に防御率はキャリアワーストであった[5]。また、4年ぶりに1勝も出来なかった[5]

2019年3月28日にDFAとなり[11]、4月2日にマイナー契約で傘下のAAA級ルイビル・バッツへ配属された[12]

2020年新型コロナウイルスの影響でマイナーの試合が開催されなかったことやメジャーに昇格する機会が無かったため、登板機会は一度も無かった。

2021年は3月12日にジョナサン・インディアとともに同年のスプリングトレーニングに招待選手として参加するも同月26日に同日自由契約となったディー・ストレンジ=ゴードンと入れ替わる形でロッキー・ゲイルジェシー・ビドルとともにマイナーリーグのキャンプに配属となった[13][14]。ただ、この年もメジャーに昇格する機会は一度も訪れずに終わり、オフの11月18日に自由契約となった[5]

ホワイトソックス傘下時代

2021年12月15日にシカゴ・ホワイトソックスとマイナー契約を結んで翌16日にAAA級シャーロット・ナイツに配属された[15]。しかし、ここでもメジャーに昇格する機会が無いまま2022年8月10日に自由契約となった[5]。同年はこれ以降、どのチームにも所属せず無所属で過ごした。

独立リーグ時代

2023年3月4日にメキシカンリーグモンクローバ・スティーラーズと契約を結んだが、4月17日に独立リーグアメリカンアソシエーションカンザスシティ・モナークスと契約を結んだ。ここでは19試合の先発登板で7勝5敗、防御率4.33、89奪三振を記録するもシーズン終了後にFAとなった。

2024年9月18日に自身のインスタグラムで現役を引退することを発表した。

人物

2013年のドラフトで彼の本名とほぼ同じカイル・フィネガンオークランド・アスレチックスから指名されたが、血縁関係は無い。

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2014 KC 700000101.000287.0601001000111.291.00
2015 14000030001.0009924.116313012100882.961.19
CIN 640002200.5009823.2215800240011113.561.23
'15計 2040005200.71419748.03782101450019193.561.21
2016 3131100101100.476734172.01502984241456286763.981.36
2017 440001100.5005913.09113001610664.151.69
2018 550000300.00010320.22751520141020177.402.03
MLB:5年 6744100161801.4711121260.22294313445230821321194.111.39

ポストシーズン投手成績













































2014 KC ALWC 1000092.110100300113.86
ALDS 2010051.200100000000.00
ALCS 2000050.1301000001127.00
WS 20010121.2502101005527.00
出場:1回 70110316.0905104007710.50

背番号

  • 27(2014年 - 2015年途中)
  • 31(2015年途中 - 同年終了)
  • 29(2016年 - 2018年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク

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