メジロライデン
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| メジロライデン | ||||||
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第126回中山大障害出走時(2004年1月10日) | ||||||
| 欧字表記 | Mejiro Raiden[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡→騸[1] | |||||
| 毛色 | 鹿毛[1] | |||||
| 生誕 | 1996年5月17日[1] | |||||
| 抹消日 | 2005年7月28日 | |||||
| 父 | メジロパーマー[1] | |||||
| 母 | メジロハリアー[1] | |||||
| 母の父 | エリモジョージ[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | メジロ牧場[1] | |||||
| 馬主 | (有)メジロ牧場[1] | |||||
| 調教師 | 大久保正陽(栗東)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 |
45戦6勝[1] 平地:25戦3勝 障害:20戦3勝 | |||||
| 獲得賞金 | 1億9493万9000円[1] | |||||
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メジロライデン(欧字名:Mejiro Raiden、1996年5月17日 - )は、日本の競走馬[1]。主な勝ち鞍に2002年の京都ハイジャンプ。
メジロパーマー産駒唯一の重賞勝利馬である。
1999年1月30日の4歳未勝利(京都ダート1200m)でデビュー。初戦は13着に敗れる。続く4歳新馬はブービーの8着。7か月後の4歳未勝利は最下位に終わる。この間に去勢され騸馬となった。その後、障害競走を使われ、障害初戦は6着。次走は4着と着順を上げ、年を跨いだ障害3戦目で1着。初勝利を飾る。続く淀ジャンプステークスは3着に入り、重賞初挑戦となった京都ジャンプステークスは道中の落馬で競走中止に終わる。その後は惨敗が続いた。阪神ジャンプステークス6着後、7か月の休養明けとなった障害4歳上オープンで競走を中止し。再び平地競走を使われることとなる。12戦ぶりの平地出走となった梁川特別でいきなり逃げ切り勝ちを決め、平地初勝利を飾ると、続く4歳上500万下も勝利し連勝を飾る。次走は2着に敗れたが、横津岳特別を2馬身差をつけて勝利し、昇級を決める。昇級後は、翌年の北海道開催で2着が2回あったが、勝ちきれず、6歳10月に再び障害競走を使われることとなる。1年半ぶりの障害戦となった障害3歳上オープンは11着と大敗。大久保は「スタミナがあるし、距離が延びたほうが良い[2]」と続戦し、京都ハイジャンプに出走。4番手で直線に向き、最終障害飛越後に末脚を見せ5馬身差をつけて優勝。重賞初勝利を飾った[3]。その後は平地のゴールデンブーツトロフィー8着を挟み、中山大障害に出走。レースは大竹柵で躓き、競走中止に終わった。7歳になり、連続4着の次走、阪神スプリングジャンプは競走中止。中山グランドジャンプは5着と善戦する。続く京都ジャンプステークスは3着に敗れた。休み明け、平地の高雄特別13着を挟み、連覇に挑んだ京都ハイジャンプは3着。続く、イルミネーションジャンプステークスは道中2番手を追走から、2周目の向こう正面で先頭に立つとそのまま押し切り優勝[4]。約1年ぶりの勝利となった。降雪により、翌1月に順延された本番の中山大障害は3着と奮闘した。しかし、その後は今一つな競馬が続き、2005年の阪神スプリングジャンプ9着がラストレースとなり、7月28日に競走馬登録を抹消。引退となった[5]。