ファンドリロバリー
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| ファンドリロバリー | ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 欧字表記 | Foundry Robbery[1] | |||||
| 品種 | サラブレッド[1] | |||||
| 性別 | 牡[1] | |||||
| 毛色 | 黒鹿毛[1] | |||||
| 生誕 | 1993年5月13日(33歳)[1] | |||||
| 抹消日 | 2001年3月16日[2] | |||||
| 父 | ジェイドロバリー[1] | |||||
| 母 | メイショウロマン[1] | |||||
| 母の父 | ブレイヴエストローマン[1] | |||||
| 生国 |
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| 生産者 | 日高大洋牧場[1] | |||||
| 馬主 | 水戸富雄[1] | |||||
| 調教師 | 岩元市三(栗東)[1] | |||||
| 競走成績 | ||||||
| 生涯成績 |
44戦9勝 平地:28戦5勝 障害:16戦4勝[1] | |||||
| 獲得賞金 |
2億6113万8000円 平地:1億2927万5000円 障害:1億3186万3000円[1] | |||||
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ファンドリロバリー(欧字名:Foundry Robbery、1993年5月13日 - )は、日本の競走馬[1]。主な勝ち鞍に2000年の阪神スプリングジャンプ。
1996年2月24日に新潟競馬場で開催された新馬戦にて、河内洋を背にデビューし初勝利。その後は条件戦で出走を重ねた。
格上挑戦で出走した1997年11月16日の福島記念は10番人気の伏兵評価ながら、上がり最速の脚で追い込んで2着に力走。次走のクリスマスキャロルハンデキャップの勝利をもってオープンクラスに昇格した。
1998年シーズンは日経新春杯より始動し、3着。その後は一時掲示板から遠ざかったが、9月13日の朝日チャレンジカップは2着に好走した。
1999年シーズン前半は休養。復帰後も着外が続き、9月から陣営は障害路線への転向を決断。9月4日の障害未勝利戦を逃げ切りで制し、障害競走デビュー戦での初勝利を飾った。以降も逃げ戦術を多用するようになり、10月24日の東京オータムジャンプは逃げ粘って3着に入った。11月6日の秋陽ジャンプステークスで障害オープン戦初勝利を挙げる。
2000年シーズンは2月12日の淀ジャンプステークスでシーズン初勝利。次走の阪神スプリングジャンプも逃げ切り勝ちし、平地時代も含めて念願の重賞初優勝を果たした。GI級競走初出走の中山グランドジャンプは7着に敗れる。9月16日の阪神ジャンプステークスは終盤まで逃げ粘り、2着に好走した。
2001年3月10日の阪神スプリングジャンプがラストランとなり、同月16日付で競走馬登録を抹消・引退した[2]。