ユリア・リプニツカヤ

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生年月日 (1998-06-05) 1998年6月5日(27歳)
身長 160 cm
代表国 ロシアの旗 ロシア
ユリア・リプニツカヤ
Julia LIPNITSKAIA
フィギュアスケート選手
生年月日 (1998-06-05) 1998年6月5日(27歳)
出生地 ウラル連邦管区
スヴェルドロフスク州エカテリンブルク
身長 160 cm
選手情報
代表国 ロシアの旗 ロシア
コーチ アレクセイ・ウルマノフ
振付師 ステファン・ランビエール
アレクセイ・ウルマノフ
オリガ・ポヴェーレンナヤ
所属クラブ アイスバーグ
開始 2002
引退 2017年9月9日
ISUサイト バイオグラフィ
ISUパーソナルベストスコア
総合209.722014 欧州選手権
SP74.542014 世界選手権
FS141.512014 ソチ五輪
記録
  • オリンピック 最年少金メダリスト(現行ルール)
  • 欧州選手権 女子シングル最年少優勝
大会成績
国際スケート連盟主催大会 1 2 3
オリンピック(団体戦) 1 0 0
世界選手権 0 1 0
欧州選手権 1 0 0
グランプリファイナル 0 1 0
世界ジュニア選手権 1 1 0
ジュニアGPファイナル 1 0 0
合計数 4 3 0
国内大会 1 2 3
ロシア選手権 0 2 0
ロシアジュニア選手権 1 0 0
獲得メダル
フィギュアスケート
""オリンピック""
2014 ソチ団体戦
世界選手権
2014 さいたま女子シングル
欧州選手権
2014 ブダペスト女子シングル
グランプリファイナル
2013 福岡女子シングル
世界ジュニア選手権
2012 ミンスク女子シングル
2013 ミラノ女子シングル
ジュニアグランプリファイナル
2011 ケベックシティー女子シングル
■テンプレート ■ポータル ■プロジェクト

ユリア・ヴィアチェスラヴォブナ・リプニツカヤロシア語: Юлия Вячеславовна Липницкаяロシア語ラテン翻字: Julia Viacheslavovna Lipnitskaia1998年6月5日 - )は、ロシアエカテリンブルク出身の元フィギュアスケート選手(女子シングル)。

2014年ソチオリンピック団体戦 金メダリスト。2014年世界選手権2位。2014年欧州選手権優勝。現行ルールによるフィギュアスケート競技における冬季オリンピック史上最年少(15歳249日)団体戦の金メダリストであり[1][2]、また欧州選手権史上最年少女王の記録も持つ[3]

ロシアエカテリンブルクで生まれる。母親がリプニツカヤを妊娠中に、父親は軍に徴兵され兵役についたが、その後戻らなかった為、母子家庭で育つ[4]。一人っ子である。

特徴的な柔軟性は、生まれて間もない頃から母が股関節等のストレッチを行っていたためである。幼い頃は新体操も習っており、4歳からスケートを始める[5]。母は働いていたため、コーチに幼稚園の送り迎え、練習等全て面倒を見てもらっていた。それに対し本人は「とても感謝している」と語っている[6]。その後本格的なスケートの指導を受ける為に10歳でモスクワに引っ越した。

趣味は乗馬、料理、手芸、絵画、編み物、音楽を聞くこと、自然(湖)の写真を見ること[7][8]。動物好きである[7]

憧れの選手としてカロリーナ・コストナー羽生結弦ハビエル・フェルナンデスパトリック・チャンを挙げている[9]

メディアへの対応などから気が強いイメージが強いが、一方で鈴木明子と同じ大会に出場した際に記者会見で「倍の年齢の選手と競うこと」について問われ、その場では「特に何も」と答えたものの、会見終了後に通訳を介して鈴木明子を呼び止めて「アキコのことは選手としてとても尊敬しています。たださっきの質問はまったく予想していないことだったので、なんと答えていいのかわからなかったの」と伝えたというエピソードがある[10]

2020年7月27日、第1子となる女児のカタリナ(: Каталина)を出産し1カ月になることが報道された[11]。子の父親は元スケーターのウラジスラフ・タラセンコ[11][注 1]

経歴

ソチオリンピックでのリプニツカヤ

2010-2011シーズン、ロシア選手権で4位に入る。

2011-2012シーズンよりISUジュニアグランプリに参戦し、バルティック杯ワルテル・ロンバルディ杯の2大会連続で優勝。その結果、ジュニアグランプリファイナルに出場して優勝する。同年のロシア選手権ではアデリナ・ソトニコワに次ぎ、2位となる。世界ジュニア選手権で優勝。

2012-2013シーズン、シニアクラスへ移行。フィンランディア杯で優勝。グランプリシリーズでは中国杯で2位、エリック・ボンパール杯で3位となり、グランプリファイナルへの出場を決めた。しかし11月28日の練習中にスピンで転倒して顎を切り、軽い脳震盪を起こしたため出場を取りやめた[13][14]世界ジュニア選手権では2位。

2013-2014シーズン、フィンランディア杯で2連覇。スケートカナダではSP、FSともにパーソナルベストを更新し、グランプリシリーズ初優勝を果たす。続くロステレコム杯でも優勝し、グランプリファイナル進出を決め銀メダルを獲得。2年ぶりに出場のロシア選手権では2位。ヨーロッパ選手権ではSP2位、FSでは139.75で1位で逆転優勝し、合計スコアは初めて200点を超えた。15歳での優勝は史上最年少となる。

ISUによる略称:
ジャンプ
Tトウループ
Sサルコウ
Loループ
Fフリップ
Lzルッツ
Aアクセル
ソチオリンピックで団体金メダル、世界選手権で銀メダル獲得

ソチオリンピックの団体戦では当初リプニツカヤはSP、FSのどちらか一方に出場する予定であったが、選考は二転三転し最終的にロシアスケート連盟はリプニツカヤをSP、FSの両方に出場させた[15][16]。団体戦ではSP,FS共に1位となりロシアの優勝に大きく貢献した[13]。しかしメディアに大きく取り上げられ個人戦までに一度モスクワに戻って練習する際に空港や練習拠点に多数の記者が待ち構え、ロッカールームに盗聴器が仕掛けられたり、リプニツカヤの家族や親戚にまで取材が及び、過熱報道が問題となった[17]。個人戦では優勝候補の一人に挙げられていたが、SP、FS共に転倒もあり5位となった。

世界選手権ではSPで74.54でパーソナルベストを更新し、初出場で銀メダルを獲得した。

2014-2015シーズン、ジャパンオープンに出場予定だったが、FSプログラムがなかなか決まらずに準備が遅れたこと[18][注 2]、新しいスケート靴の調整の不具合も重なり欠場[19]。また、SPの構成のコンビネーションを3T-3Tに変えてグランプリシリーズに臨む。初戦となった中国杯ではSP1位スタートだったが[20]、FSでは序盤の3Sで転倒、その後も1F、1Lzなどのミスを重ね、演技後キス・アンド・クライで涙を流した。演技の失敗で激しく動揺し、演技終了後に表彰式のスケジュールを確認せずホテルに帰ってしまったことにより、メダル授与式に間に合わず欠席した事で罰金が科された[21]エリック杯ではFSの3Fで転倒し、最終的に2位となった。グランプリファイナルでは、SPで今季初[22]の3Lz-3Tを成功させたが、単独の3Fでエッジエラーの判定を受ける。FSでは2Aと2Fでともに転倒するなどのミスを重ね、FSだけでは6位、最終的には5位となる。ロシア選手権ではSP終了時に6位になる。FSでは冒頭の3Lz-3T、2A-3T-2Tを成功し好調に見えたが、1Loの失敗、3Fを2回試みて2回とも転倒するなどミスが続き、FSだけでは11位、最終順位は9位に終わる。この結果により代表入りを逃し、今季の欧州選手権世界選手権に派遣されない事が決まった[23]。ロシア選手権後にコーチ変更の噂が流れたが[24]、「他のコーチに移るという考えは起こりもしませんでした。今までもこれからも私のコーチをとても頼りにしています。」と否定した[25]

2015-2016シーズン、グランプリシリーズではスケートアメリカで6位、エリック・ボンパール杯パリ同時多発テロ事件の影響でFSが中止になり、SPの順位の2位となったが、グランプリファイナル出場を逃した。グランプリシリーズ終了後、アレクセイ・ウルマノフにコーチを変更し[26]、11月23日よりソチでの練習を開始した。地元エカテリンブルクで開催されたロシア選手権では、グランプリシリーズまではすべて前半に組み込んでいたSPのジャンプ構成を、後半に3T-3Tを入れる構成に変更するなどし、SPで3位に立つも、FSは10位となり総合7位となった。ロシアカップファイナルではSP1位、FS3位で総合2位となった。

2016-2017シーズン、グランプリシリーズ初戦となるスケートアメリカは古傷の悪化により欠場。ロステレコム杯では、SPで3位につけていたがFSでの演技中に足が攣り、中断を挟み演技を終えるが最下位に順位を落とした[27]。ロシア選手権に出場予定だったが、練習からの帰宅途中に道で滑って転倒し、右股関節打撲と仙腸関節炎を負った。治療に最低14-17日かかると診断されたため、ロシア選手権を欠場することとなった[28]

現役引退、指導者の道へ

2017年8月28日、リプニツカヤが引退することを母親が明らかにしたとロシアの各メディアが報じた。 摂食障害(拒食症)の治療を行っていた欧州から帰国後に決断したという[29][30][31][32]。 9月9日、代表から退く文書にリプニツカヤが署名し、現役を引退したことをロシア連盟が発表した[33]。 現在は解説者として活動しているほか、エレーナ・イリニフと共にフィギュアスケーター養成機関「チャンピオンズ・アカデミー」を設立し、指導者として各地を回っている。 2020年12月にはエフゲニー・プルシェンコ率いるアカデミー「エンジェルス・オブ・プルシェンコ」のコーチに加わったと発表された[34]

キャンドルスピン

背中ごしに上げた右脚を体にくっつけ、本来は靴のブレード(刃)を持つ両手は足首をつかむ形のビールマンスピン。その非常に高い柔軟性[35]から繰り出されるビールマンスピンは、本人によってキャンドルスピンと名付けられた[36]

オリンピック最年少記録

2014年までは1998年長野オリンピックで優勝したタラ・リピンスキーアメリカ合衆国)の15歳255日が最年少記録であった[37]。リプニツカヤはリピンスキーよりも誕生日が5日早いが[注 3]、ソチオリンピックの団体戦フリー(2014年2月9日)が長野オリンピックの個人戦フリー(1998年2月20日)より11日早いので、リプニツカヤのほうが6日早く金メダリストになった[2]

なお国際スケート連盟による現行ルールの年齢制限が出来る前の最年少記録は1936年ガルミッシュパルテンキルヒェンオリンピックペア競技でのマキシ・ヘルバードイツ)の15歳128日であったが、現行ルールではオリンピック前年の7月1日までに17歳の誕生日を迎えている必要がある。

記録

プーチン大統領とリプニツカヤ
  • 現行ルールでのオリンピックフィギュアスケート最年少金メダリスト
  • 最年少フィギュアスケート女子シングルオリンピック金メダル獲得(団体戦).
  • 最年少女子シングル欧州大会優勝.
  • ロシア人初の女子シングルオリンピック金メダル獲得 (団体戦).
  • ロシア人初の女子シングル合計得点200点超え.[38]
  • 女子ジュニアフリー得点世界記録更新 (123.96), 2012年世界ジュニア選手権(2014年にエレーナ・ラジオノワが更新).[38]
  • 女子ジュニア合計得点世界記録更新 (187.05), 2012年世界ジュニア選手権.(2014年にエレーナ・ラジオノワが更新)[38]

主な戦績

大会/年 2009-10 2010-11 2011-12 2012-13 2013-14 2014-15 2015-16 2016-17
冬季オリンピック 5
世界選手権 2
欧州選手権 1
ロシア選手権 4 2 2 9 7
GPファイナル 2 5
GPロステレコム杯 1 12
GPエリック杯 3 2 2[注 4]
GPスケートアメリカ 6 辞退
GP中国杯 2 2
GPスケートカナダ 1
CSネペラ記念 2
CSフィンランディア杯 1 1 2
チロル杯 1
世界Jr.選手権 1 2
ロシアJr.選手権 5 棄権 1 5
JGPファイナル 1
JGPバルティック杯 1
JGP W.ロンバルディ杯 1
団体戦
冬季オリンピック 1

詳細

2016-2017 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2016年11月4日 - 6日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 3
69.25
12
78.88
12
148.13
2016年9月29日 - 10月2日 ISUチャレンジャーシリーズ オンドレイネペラメモリアルブラチスラヴァ 1
63.16
5
102.30
2
165.46
2015-2016 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2016年3月9日 - 13日 2016年チロル杯インスブルック 1
66.73
1
105.91
1
172.64
2015年12月23日 - 27日 ロシアフィギュアスケート選手権エカテリンブルク 3
73.77
10
121.47
7
195.24
2015年11月13日 - 15日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯ボルドー 2
65.63
中止 2
2015年10月23日 - 25日 ISUグランプリシリーズ スケートアメリカミルウォーキー 5
62.24
7
108.39
6
170.63
2015年10月9日 - 11日 ISUチャレンジャーシリーズ フィンランディア杯エスポー 2
62.81
2
109.52
2
172.33
2014-2015 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年12月24日 - 28日 ロシアフィギュアスケート選手権ソチ 6
66.90
11
102.80
9
169.70
2014年12月11日 - 14日 2014/2015 ISUグランプリファイナルバルセロナ 2
66.24
6
111.55
5
177.79
2014年11月21日 - 23日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯ボルドー 2
66.79
2
118.39
2
185.18
2014年11月7日 - 9日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 1
69.56
4
104.01
2
173.57
2014年世界フィギュアスケート選手権銀メダル
2013/2014 ISUグランプリファイナル銀メダル
2013年スケートカナダ金メダル
2013-2014 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2014年3月26日 - 30日 2014年世界フィギュアスケート選手権さいたま 3
74.54
2
132.96
2
207.50
2014年2月6日 - 22日 ソチオリンピックソチ 5
65.23
6
135.34
5
200.57
2014年2月6日 - 22日 ソチオリンピック 団体戦(ソチ 1
72.90
1
141.51
1
団体
2014年1月13日 - 19日 2014年ヨーロッパフィギュアスケート選手権ブダペスト 2
69.97
1
139.75
1
209.72
2013年12月22日 - 27日 ロシアフィギュアスケート選手権ソチ 2
70.32
1
140.49
2
210.81
2013年12月5日 - 8日 2013/2014 ISUグランプリファイナル福岡 4
66.62
2
125.45
2
192.07
2013年11月22日 - 24日 ISUグランプリシリーズ ロステレコム杯モスクワ 1
72.24
2
118.56
1
190.80
2013年10月25日 - 27日 ISUグランプリシリーズ スケートカナダセントジョン 2
66.89
1
131.34
1
198.23
2013年10月4日 - 6日 2013年フィンランディア杯エスポー 1
65.49
1
125.82
1
191.31
2012年中国杯銀メダル
2012-2013 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2013年2月25日 - 3月3日 2013年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ミラノ 4
53.86
2
111.81
2
165.67
2013年2月1日 - 3日 ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(サランスク 3
67.03
6
111.53
5
178.56
2012年11月16日 - 18日 ISUグランプリシリーズ エリック・ボンパール杯パリ 1
63.55
3
115.76
3
179.31
2012年11月2日 - 4日 ISUグランプリシリーズ 中国杯上海 1
63.06
2
114.86
2
177.92
2012年10月4日 - 7日 2012年フィンランディア杯エスポー 2
64.05
1
124.18
1
188.23
2012年世界ジュニアフィギュアスケート選手権金メダル
2011/2012 ISUジュニアグランプリファイナル金メダル
2011-2012 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2012年2月27日 - 3月4日 2012年世界ジュニアフィギュアスケート選手権ミンスク 1
63.09
1
123.96
1
187.05
2012年2月5日 - 7日 ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(ヒムキ 1
65.28
1
126.64
1
191.92
2011年12月25日 - 29日 ロシアフィギュアスケート選手権サランスク 3
63.11
1
128.54
2
191.65
2011年12月8日 - 11日 2011/2012 ISUジュニアグランプリファイナルケベック 1
59.98
1
119.75
1
179.73
2011年10月6日 - 8日 ISUジュニアグランプリ ワルテル・ロンバルディ杯ミラノ 1
63.71
1
119.34
1
183.05
2011年9月15日 - 17日 ISUジュニアグランプリ バルティック杯グダニスク 1
60.37
1
112.14
1
172.51
2010-2011 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2011年2月2日 - 4日 ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(カザン 7
51.75
- 棄権
2010年12月26日 - 29日 ロシアフィギュアスケート選手権サランスク 5
59.13
4
117.14
4
176.27
2009-2010 シーズン
開催日 大会名 SP FS 結果
2010年2月3日 - 6日 ロシアジュニアフィギュアスケート選手権(サランスク 5
55.66
5
99.84
5
155.50

プログラム使用曲

脚注

外部リンク

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