ハライチ

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別名 ハラ(岩井)、イチ(澤部)
結成年 2006年
ハライチ
メンバー 岩井勇気
澤部佑
別名 ハラ(岩井)、イチ(澤部)
結成年 2006年
事務所 ワタナベエンターテインメント
活動時期 2006年 -
出身 ワタナベコメディスクール2期
出会い 妙厳寺幼稚園
現在の活動状況 テレビ、ライブ、ラジオなど
芸種 漫才
ネタ作成者 岩井勇気
現在の代表番組 ぽかぽか
ハライチのターン!
過去の代表番組 ピカルの定理
ハライチのYAMi
同期 バービーフォーリンラブ
サンシャイン池崎
チョコレートプラネット
シソンヌなど
公式サイト 公式プロフィール
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ハライチは、ワタナベエンターテインメントに所属する日本お笑いコンビ2006年4月結成[1]。『M-1グランプリ』2009・2010・201520162021ファイナリスト。

岩井 勇気(いわい ゆうき、1986年7月31日 - )(39歳)
ボケ・ネタ作り担当、立ち位置は向かって左。
澤部 佑(さわべ ゆう、1986年5月19日 - )(39歳)
ツッコミ担当[注釈 1]、立ち位置は向かって右。

略歴

2人とも埼玉県上尾市大字原市出身で、コンビ名は出身地に由来する[2]妙厳寺幼稚園からの幼馴染みであり、小学生のときにはすでにお楽しみ会でコントを披露していた。当時はもう1人の同級生を加えたトリオであり、岩井と澤部は共にボケ担当だった[3]

M-1グランプリ』に憧れ、高校卒業直前の2005年1月にコンビ結成。同年3月にワタナベコメディスクールの『お笑いメジャーリーグ』に出場して高校生の部のグランプリを受賞、2期生として特待生入学[4]2006年3月、ワタナベコメディスクールを卒業、同年4月からワタナベエンターテインメントに所属。2009年頃から「ノリボケ漫才」のネタで注目を集め始め、『M-1グランプリ2009』にて決勝戦に初進出、翌年も決勝戦進出を果たした[4]。2010年にはユニットコント番組『ピカルの定理』(フジテレビ)のレギュラーに選ばれ[5]、同番組は人気番組となった。

その後はメンバー単独での活動が増え、特にツッコミやリアクションに長けた澤部がピンで活躍する機会が多かった。澤部はフジテレビの『笑っていいとも!』の曜日レギュラー(2012年~)[6]や、ABCテレビ探偵!ナイトスクープ』の探偵局員(2013年 - )[7]など伝統ある人気番組にもピンで抜擢されたほか、2015・2016年にはタレント番組出演本数ランキングニホンモニター)で全体3位を占めた[8][9]。一方その間、岩井は同ランキングで20位圏内に入っておらず、テレビでの活躍の少なさから「コンビ間格差」をネタにされることも少なくなかった。ただし岩井は、ハライチの中ではバラエティで重宝されるのは明らかに澤部のほうだと思っていたため、深く嫉妬はしていなかった[6]。また当時から岩井の芸風を好感的に見ていたタレントの1人に坂下千里子がおり、坂下に励まされていた岩井は後年坂下を「恩人」と公言している[10]

2016年にコンビでのラジオ初冠番組『ハライチのターン!』(TBSラジオ)が開始。2017年には『ゴッドタン』(テレビ東京)に岩井が「腐り芸人」として出演[11]、後に「腐り芸人セラピー」がコーナー化されるなど、容赦なく正論を吐く岩井の毒舌的なキャラクターが「腐りキャラ」として徐々に認知されるようになる。この頃から岩井のバラエティ番組出演やコンビでの番組出演が増加。2021年頃からはコンビで単発特番などのMCを務める機会が顕著に増えた(後述の「出演」の項目を参照)。

2021年、この年でラストイヤーとなる『M-1グランプリ2021』に4年ぶりの参戦。準決勝で敗退するも、敗者復活での決勝戦進出を果たした[12]

2023年1月9日からは、フジテレビ系列の昼の帯番組ぽかぽか』で、コンビ初の帯番組MCに就任した。澤部にとっては『笑っていいとも!』以来8年8か月ぶりのフジテレビ昼の帯番組レギュラー出演。また2023年3月までの2か月間、岩井は隔週土曜日に放送されている『我流しか勝たん!』で[13]、澤部は日曜日に放送されている『なりゆき街道旅』でそれぞれMCを担当しており、ともに週6日フジテレビの昼の時間帯に出演していた[14]

2025年3月21日、出身地・上尾市の『キラリ☆あげおPR大使』への就任が発表された[15]

芸風

ブレイクのきっかけとなったのは「ノリボケ漫才」と呼ばれるスタイル。岩井のボケに澤部がツッコまずついて行き、ボケ倒して笑いを増幅させるという形をとる。岩井が語呂合わせのような形で言葉を繋げていくうちに最初のテーマから徐々に外れていき、最後には全く無関係な言葉に発展して澤部が「もう関係なくなっちゃった!!」とツッコんで締める。岩井曰くこの方法は夢の中で思いついたという[16]

元々は序盤に普通の漫才を演じ、最後だけノリボケをやるという構成だった。しかし2008年の『M-1グランプリ』1回戦で「制限時間が2分と短いから全部いっちゃおうか」と岩井が提案、それを実行して準決勝まで進出して以降は終始ノリボケで通すようになった[17]

近年はノリボケ漫才だけではなく、スタンダードな漫才も合わせて行っている。

賞レース成績・受賞歴など

M-1グランプリ

2017年までは結成年が「2005年」とされていたが、2021年エントリーのタイミングでプロとしての活動を開始した「2006年4月」に修正された。決勝戦進出回数は歴代2位タイの「5回」で、吉本興業以外では真空ジェシカと並んで最多タイ記録、連続決勝戦進出回数は歴代4位タイの「4回」で、吉本興業以外では2位タイ記録である。また、ファーストラウンド敗退回数「5回」は歴代最多。

結果 エントリーNo. 決勝戦キャッチコピー 備考
2005年 3回戦敗退 1981[18] 養成所在学中にアマチュアとして出場
2006年 1回戦敗退 不明[19]
2007年 不明[20]
2008年 準決勝敗退 1028[21]
2009年 決勝5位 4608[22] 原市生まれM-1育ち
2010年 決勝7位 4818[22] 進化するムチャぶり漫才
2015年 決勝9位 2929[1] 澤部、今日も騒ぐってよ
2016年 決勝6位 1888[1] シン・ハライチ
2017年 準決勝敗退 2471[1] 予選17位、敗者復活戦2位
2018年 不参加
2019年
2020年
2021年 決勝9位 2179[1] ラストイヤー、敗者復活組

その他

出演

脚注

外部リンク

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