旧新発田藩主家当主・溝口直正の五男として生まれ、1911年(明治44年)4月、伯爵・前田利同の養子となる[1][3][4]。養父の死去に伴い利男と改名し、1922年(大正11年)1月20日に伯爵を襲爵した[1][3][5]。
学習院を経て、1913年(大正2年)6月、東京帝国大学農科大学を卒業[2][4]。1915年(大正4年)以降、内閣総理大臣秘書官、皇子傅育官(秩父宮附)、宮内事務官兼式部官などを務めた[2][3]。
1946年(昭和21年)5月9日、貴族院伯爵議員補欠選挙で当選し[6][7]、研究会に所属して活動し、1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した[2]。