前田直之

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前田 直之(まえだ なおゆき、慶長9年3月9日1604年4月8日〉 - 延宝2年10月18日1674年11月15日〉)は、江戸時代前期の加賀藩前田家の家臣。前田土佐守家の2代当主[1]。初名は利直、後に政之。通称は肥後、三左衛門[2][1]。子は前田直作[2]など。

慶長9年(1604年)、前田利政の嫡男として誕生[2][1]。母は側室・嶺雲院。幼名は又若[1]

父・利政は関ヶ原の戦い後に改易された。祖母・芳春院(まつ)に引き取られ、養育された[1]元和元年(1615年)、利常に仕える[2]。2000石[1]。芳春院の死後、その遺領7500石を継ぎ、その後さらに加増されて1万石を領した[1]

寛永12年(1635年)、1万5千石を領した[2]。人持組頭[2][1]万治2年(1659年小松城城代[2][1]

延宝2年(1674年)、死去[2]

藩祖・前田利家と芳春院の直系であったため、子孫は加賀藩中でも別格の家柄として明治まで存続した。

脚注

参考文献

外部リンク

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