慶長9年(1604年)、前田利政の嫡男として誕生[1]。母は側室・嶺雲院。幼名は又若[1]。
父・利政は関ヶ原の戦い後に改易された。祖母・芳春院(まつ)に引き取られ、養育された[1]。元和元年(1615年)、利常に仕える。2000石[1]。芳春院の死後、その遺領7500石を継ぎ、その後さらに加増されて1万石を領した[1]。
寛永12年(1635年)、1万5千石を領した。人持組頭[1]。万治2年(1659年)小松城城代[1]。
延宝2年(1674年)、死去。
藩祖・前田利家と芳春院の直系であったため、子孫は加賀藩中でも別格の家柄として明治まで存続した。