味泥町
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由来
文安4年(1447年)の天城文書に「ミトロ」の名で登場する。 『神戸の町名』によればミトロという地名は全国に存在し、ここは深泥(みどろ)すなわち低湿地をいい、敏馬の崎が突き出した東の入り江に流れ込む西郷川からの土砂で次第に川尻に沼地が形成され、それが由来だという[1]。
『灘区の町名』は、以上の説のを引いた上で、「すべてが低湿地と限らない」として幾つかの他のミドロの例を挙げている。まず京都の菩薩(みどろ)池は沙弥僧侶(しゃみそうろ)を略して菩薩をそう読ませたという。また、条里制の六町四方の大区画(条里)を36の一町四方の坪に分けた右下もしくは左下の隅に位置する坪を「三十六(ミトロ)」と呼ぶ場合があり、そこの出身者が見土呂などの姓を名乗っていることもあるという[2]。