烏帽子町 (神戸市)
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古老の話では田んぼが烏帽子の形(三角形)をしているからついたもので、北側の琵琶町が琵琶の形をした土地であったのと同じといい[2]、明治の地図からもそれが裏付けられる[3]。
川辺賢武の説では中世の武家社会において元服の際に烏帽子を冠る儀式と関係があり、旧天城文書の夏麦山手注文(文安4年(1447年)5月)の「奥山手春納」中に「百文 ゑほしの錢」として河原、森、ミトロ(味泥)、ヒエタ(稗田)の名が出ていることから、烏帽子の銭を出すための共有のエボシ田があったのだろうとしている[2]。この儀式で実の親ではないが面倒を見る人をエボシ親、子をエボシ子というが、エボシ子というのは同族の印で、エボシ親の自前で面倒を見るのが普通であるとして、『灘区の町名』では根拠は薄いとしている。