新在家北町
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歴史
新在家とは新しい村という意味で、全国に同様の地名がある。この新在家は古くは室町期より見られ、近世初期に大石村から分かれて東大石の海岸部分に開かれた。江戸時代初期に新在家村と呼ばれるようになったが、都賀川を境に大石を西大石村、新在家を東大石村とも言ったという[2]。
明治16年(1883年)7月、大石と新在家は連合戸長制により新在家組として1人の戸長を共有することとなった。そして明治22年4月、両村は合併して都賀浜村となり大正3年(1914年)7月に西郷町となる[3]。。
神戸市への合併後の昭和13年(1938年)、字日尾川・両度川の各一部が新在家北町、字日尾町・両度川・石原・宮見附・稲地・上田が新在家中町となり、更に昭和41年(1966年)に北町と中町の一部が新在家北町として再編されて現在に至る。