『神戸の町名』によればトクイとは「神の恩寵」を意味する[1]。都賀庄の東南に北野神社領として徳井荘があり、明徳元年(1390年)5月の文章には「北野社領摂津国得位時枝庄」として出ており、荘園の領家が京都の北野神社に寄贈した。徳井荘は徳井村と東明村(現・東灘区御影塚町の一部)を指す。[2]
また時枝庄については若林泰は「上石やの旧家に時枝姓の家がたくさんあり、江戸時代、庄屋年寄などをつとめていることなどから、旧石屋村のことではないか」と言う[2]。
大工が多く、『灘区の町名』によれば中でも元徳、大政などの棟梁が有名であるとされ[3]、灘の西郷、中郷近辺の酒蔵は徳井の大工が建てたという[2]。