平成元年(1989年)に篠原字大月山・炭竈山および篠原台の一部を宅地造成して誕生した。
明治16年10月刊行の『摂津国菟原郡篠原村誌』には「大月山 遊富豆伎(おふつき)○前ヶ谷、伯母野諸山ノ北ニアリ嶮岳タル大山ニシテ草山ナリ。 炭竈 須美賀麻(すみかま)○前ヶ谷ノ東ニアル松山タリ」とある。『神戸の地名』ではこれらの山名を山の形からかと推測し、また大斎(おおいつき)が約まった例のある事を引いて、同様である可能性を挙げている[2]。
大月山には2社あったが、弁財天社は消失し、天神宮は篠原北町の厳島神社に合祀された。