国縫駅
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駅名の由来

- 1903年(明治36年)11月3日:北海道鉄道 森駅 - 熱郛駅間の開通に伴い、同線の駅として開業[3][4]。一般駅[4]。
- 1907年(明治40年)
- 1909年(明治42年)10月12日:国有鉄道線路名称制定に伴い、函館本線の駅となる。
- 1929年(昭和4年)12月13日:瀬棚線の当駅 - 花石駅間が開通[6]。
- 1932年(昭和7年)11月1日:瀬棚線が瀬棚駅まで延伸され、全通。
- 1939年(昭和14年)12月:駅舎改築[7]。
- 1949年(昭和24年)6月1日:日本国有鉄道法施行に伴い、日本国有鉄道(国鉄)に継承。
- 1966年(昭和41年)
- 1970年(昭和45年)9月25日:北豊津信号場[注釈 1] - 当駅間が複線化[9]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:貨物および荷物扱い廃止[4]。
- 1986年(昭和61年)11月1日:急行「ニセコ」が廃止され、優等列車の停車がなくなる。同時に無人化される[7]。ただし、瀬棚線の閉塞扱いの要員は継続配置。
- 1987年(昭和62年)
- 1992年(平成4年)4月1日:簡易委託廃止、完全無人化。
- 2007年(平成19年)10月1日:駅ナンバリングを実施[JR北 1]。
地名より。アイヌ語に字をあてたものであるが諸説ある[10]。
説としては、「クンネヌイ(kunne-nuy)」(黒い・野火)[10]、アイヌの伝説[注釈 2]に由来する「クンネナイ(kunne-nay)」(黒い・川)[3][10]、あるいは海岸に砂鉄が多かったことによる「クンネ(kunne)」(黒)などがある[10]。
駅構造
利用状況
乗車人員の推移は以下の通り。年間の値のみ判明している年度は日数割で算出した参考値を括弧書きで示す。出典が「乗降人員」となっているものについては1/2とした値を括弧書きで乗車人員の欄に示し、備考欄で元の値を示す。
また、「JR調査」については、当該の年度を最終年とする過去5年間の各調査日における平均である。
| 年度 | 乗車人員(人) | 出典 | 備考 | ||
|---|---|---|---|---|---|
| 年間 | 1日平均 | JR調査 | |||
| 1978年(昭和53年) | 221.0 | [11] | |||
| 2015年(平成27年) | 「10名以下」 | [JR北 2] | |||
| 2017年(平成29年) | 7.0 | [12] | |||
| 2018年(平成30年) | 5.6 | [13] | |||
| 2019年(令和元年) | 「10名以下」 | [JR北 3] | |||
| 2020年(令和2年) | 「10名以下」 | [JR北 4] | |||
| 2021年(令和3年) | 「3名以下」 | [JR北 5] | |||
| 2022年(令和4年) | 「3名以下」 | [JR北 6] | |||
| 2023年(令和5年) | 「3名以下」 | [JR北 7] | |||
| 2024年(令和6年) | 「3名以下」 | [JR北 8] | |||
