坂祝駅
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- 1921年(大正10年)11月12日:高山線(1934年に高山本線へ改称)各務ヶ原駅 - 美濃太田駅間開通時に開業。旅客・貨物営業を開始[3]。
- 1973年(昭和48年)4月20日:専用線発着を除く貨物の取り扱いを廃止[3]。
- 1984年(昭和59年)2月1日:荷物の取り扱いを廃止[3]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、JR東海・日本貨物鉄道(JR貨物)の駅となる[3]。
- 1991年(平成3年)12月14日:構内で入替作業中の貨物列車が脱線[4]。
- 2002年(平成14年)3月:本巣駅(住友大阪セメント岐阜工場)から当駅(電気化学工業坂祝サービスステーション)へのセメント輸送廃止。
- 2004年(平成16年)4月1日:無人駅化。
- 2007年(平成19年)
- 2010年(平成22年)
- 2024年(令和6年)9月7日:開業時からの駅舎が閉鎖。仮出入口の供用開始。
- 2026年(令和8年)3月9日:新駅舎完成[8]。坂祝郵便局が移転して併設[9][注釈 1]。
- 旧駅舎(2022年9月)
- 旧駅舎構内(2020年4月)
駅構造
相対式ホーム2面2線を有する地上駅[1]。線路・ホームは東西に伸びており、南側のホームは上り列車が使用する1番線(上り本線)、北側のホームは下り列車が使用する2番線(下り本線)である。下り本線側(北側)のホームへの移動手段として、屋根のない跨線橋が設置されている。貨物取扱駅であった名残で、下り本線の北側には側線が4線引かれている。
現駅舎は2026年(令和8年)3月に竣工した[8]。JR東海管内で初めてとなる郵便局と一体型の駅になり、新駅舎の建設と所有は日本郵便が担ったが、新駅舎開業後も郵便局職員は駅業務を行わず、当駅は美濃太田駅管理の無人駅の扱いのままとなる[10]。
旧駅舎は1921年(大正10年)に建てられた木造駅舎であったが、2024年(令和6年)12月に解体された[11]。なお、旧駅舎の駅名表示板は坂祝町が譲り受け、地元の郷土資料館に展示されている[11]。
かつてはJR貨物が駅業務を受託する業務委託駅であり、JR全線きっぷうりばも設置されていた[12]。しかし、鵜沼駅からの名鉄電車(犬山方面)の乗車券は発売されていなかった。
高山本線の北側には駅側から西側へデンカ坂祝サービスステーション、太平洋セメント(旧・日本セメント)坂祝サービステーション、太平洋セメント(旧・小野田セメント)美濃サービスステーションが並んでいる。各施設へ側線から専用線が分岐し、専用線上に貨車からセメントを降ろすための荷役設備がある。しかし2007年3月に美濃サービスステーションのものを最後にすべて使用されなくなった。また、駅東側の小西砕石工業所へ至る専用線もあった。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | CG 高山本線 | 上り | 岐阜・名古屋方面[注釈 2] |
| 2 | 下り | 美濃太田・高山方面[注釈 2] |
- 駅全景(2012年11月)
- ホーム(2020年4月)
利用状況
「岐阜県統計書」によると、1日平均の乗車人員は以下の通りである。
- 2005年度 - 477人
- 2007年度 - 479人
- 2008年度 - 496人
- 2009年度 - 479人
- 2010年度 - 449人
- 2011年度 - 436人
- 2012年度 - 429人
- 2013年度 - 451人
- 2014年度 - 432人
- 2015年度 - 411人
- 2016年度 - 402人
- 2017年度 - 397人
- 2018年度 - 401人
駅周辺
- 坂祝町役場
- 坂祝町立坂祝小学校
- 日本ライン[1]
- 坂祝町コミュニティバス「坂祝駅」停留所
