大山詣り
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『大山詣り』(おおやままいり)は古典落語の演目。『大山詣』とも表記される[1]。別題に『百人坊主』(ひゃくにんぼうず)[1][2]。
題にある大山詣り(参り)とは中世から始まった相模国の大山(現・伊勢原市)を参詣する行為を指し、特に江戸時代に講などの形で行われたものを指す[注釈 1]。この大山詣りの講中が、道中で喧嘩や暴力沙汰をしたメンバーを坊主刈りにするという罰則を定め、その罰を受けた男が仕返しをするという内容。
原話は狂言の演目『六人僧』と推測され、十返舎一九の『滑稽しっこなし』(文化2年・1805年)にも同種の話がある[1][2]。武藤禎夫はこれらのほかに、井原西鶴の『西鶴諸国ばなし』第1巻(貞享2年・1685年)の「狐の四天王」や、根岸守信の随筆『耳袋』(文化11年・1814年)の「悪しき戯致すまじき事附悪事にも頓智の事物」にも同種の話が見えるとしながら、「今日のサゲは、後になって付加されたものだろう」と記している[1]
上方落語に『百人坊主』の題で、伊勢参りを題材にした類話があり、『風流昔噺』(万延2年・1861年)の「村一頭いせ参り 但シ、村中ぼうず落」との記述からすでに口演されていたと武藤禎夫は記している[1]。
