山崎屋 (落語)
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『山崎屋』(やまざきや)は古典落語の演目。遊び人の若旦那から吉原遊廓で惚れた花魁と遊ぶ金をせびられた番頭が、その代わりに夫婦にさせるという計略を授けて実行させるという内容。
本来は若旦那の遊びぶりを描いた前半部がつく演目だったが、そちらは『よかちょろ』として独立した[1][2]。武藤禎夫は明治時代には別の話として演じられていたとし[2]、東大落語会編『落語事典 増補』は『よかちょろ』は初代三遊亭遊三が元の『山崎屋』から前半を切り出して、流行していた「よかちょろ節」を加えたものとする[3]。
武藤禎夫は、番頭の立てる計略(金を知人に預けた上で、本来持参する相手には「落とした」と嘘をつき、知人に届けさせる)が、安永4年(1775年)の漢文体笑話本『善謔随訳』に見えると記し、さらに平賀蕉斎の『蕉斎筆記』第6巻(寛政ごろ)にも類似の話が「見聞実録」として掲載されているという石崎又造の説(『近世日本に於ける支那俗語文学史』1940年)を紹介している[2]。
※以下、東大落語会編『落語事典 増補』および武藤禎夫『定本 落語三百題』掲載の内容に準拠する[1][2]。
横山町三丁目にあるべっ甲問屋・山崎屋の番頭の久兵衛は若旦那から、吉原遊廓で懇ろな仲の花魁と遊ぶための金を30両、帳簿に不正を加えて用立ててくれと頼まれる。そんなことはできないと断ると、若旦那は久兵衛が隣の町に妾を囲っていることを暴露すると脅す。久兵衛はやむなく、花魁が若旦那を本気で好きで夫婦になれば遊びをやめるというなら、結婚できるよう協力するという。だが口うるさく強欲な大旦那(若旦那の父)に花魁を家に入れさせるのは容易ではない。そこで番頭は、先に花魁を親元身請けして鳶頭に預け、若旦那が店の掛金を取りに行ってそれも鳶頭に渡し、帰宅して金を落としたと話したところに鳶頭が拾ったと称して金を届けに来るという筋書きを伝授する。大旦那が鳶頭のところに返礼に出向いたときに、鳶頭が「屋敷奉公から下がった身内の娘をどこか嫁に出したい」と話して花魁に会わせ、持参金や箪笥も用意すると言えば大旦那も若旦那の嫁にするだろうという算段。
若旦那は言われたとおりに実行し、見事に計略が当たって、花魁と若旦那は晴れて結婚した。ある日、嫁となった花魁に大旦那がどこに奉公していたかを尋ねる。「北国(吉原遊廓の隠語)」と花魁が答えると、大旦那は「では加賀様か。参勤交代で道中(旅行)して、朝立ちで夕暮れに着くのかい」と重ねて聞く。花魁は「暮れに出て伊勢(屋)・尾張(屋)・長門の仙崎と」と答える。大旦那が「それは大した距離だ。諸国をめぐるは六十六部、もっと速いのが飛脚に天狗。おまえさんは六部に天狗が付いたのかい」と感嘆すると花魁は「三分で新造がつきんした」。