岩国港
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- 1600年(慶長5年): 岩国領初代領主・吉川広家の命により、錦川の下流域である今津川の河口部へ物揚場が築造されたのが本港の始まりである[2]。また同じ頃に今津川から装束にいたる地域の干拓も開始され[3]、現在の本港港区にあたる地域も耕地開作(干拓)という形で造成されていった。
- 1811年(文化8年): 第10代領主吉川経礼の命により、現在の新港港区にあたる麻里布湊(まりふみなと)の建設が始まる。
- 1926年(大正15年): 内務省「指定港」となる。
- 1932年(昭和7年): 装束地区に物揚場を建設。
- 1947年(昭和22年)頃: 岩国に駐留していたイギリス連邦占領軍の命により、岩国沖で爆撃を受け廃船となっていた巡洋艦平戸をサルベージした上で船体に浚渫土砂を充填してヨットハーバーの防波堤(参考:軍艦防波堤)とする[4][注 1]。
- 1948年(昭和23年)1月1日: 関税法施行令に基づく「開港」に指定される。
- 1949年(昭和24年)7月: 岩国(新港)- 柱島の渡船事業が岩国市土木課の所管で開設される(現在の岩国柱島海運運行路線)[5]。
- 1952年(昭和27年):「重要港湾」に指定される。
- 1960年(昭和35年): 検疫法に基づく「免疫港」に指定される。
- 1962年(昭和37年): 植物防疫法に基づく「植物免疫港」に指定される。
- 1973年(昭和48年): 岩国 - 松山間にフェリー航路が開設される(のち廃止)。
- 1988年(昭和63年): 岩国 - 松山間に高速旅客船航路が開設される(のち廃止)。
- 1992年(平成4年): 外航航路が開設される。コンテナ輸送量は以後増加をたどる。
- 2010年(平成22年):「重点港湾」に指定される。
概要
大きく分けて、本港港区(ほんこうこうく)と南部港区の2つからなる[6]。今津川以北になる本港港区は、さらに、室の木地区、新港地区、装港地区、装束港地区に分かれている[3]。
主な施設
- 装束地区(装港地区/装束港地区):
- 新港地区:
- 岸壁
- 10.0m水深×370m(2バース)
- 7.5m水深×260m(2バース)
- 5.5m水深×170m(2バース)
- 物揚場(2.0m~4.0m水深)×744m
- 室の木地区:
- 岸壁
- 12.0m水深×240m(1バース)
- 10.0m水深×185m(1バース)
- 10.0m水深×205m(水面貯木場接岸用;1バース)
- 7.5m水深×260m(2バース)
- 5.5m水深×180m(1バース)
- 物揚場(2.0m~4.0m水深)×896m
