2009年にソウル・ヒーローズに入団した。
2010年は趙重槿、呉在一などとファースト争いを繰り広げて65試合に出場。しかしレギュラー定着には至らなかった。
2011年には6月21日のLGツインズ戦で2軍に下がった後、打撃不振を理由に投手に転向した。
しかし活躍を見せられずわずか2試合の出場にとどまり、シーズン後には内野手に復帰した。
2012年のシーズン後に警察野球団に志願し、合格した。2013年に契約し翌年に除隊されチームに復帰。
除隊後は主に三塁手として出場するが、2016年のシーズンは一塁手のバックアップでも多くの出場をした。
2017年は7月29日三星ライオンズの林大韓を相手にデビュー初満塁ホームランを打った[1]。さらに9月3日の起亜タイガース戦では金鎭尤を相手にサヨナラ安打を記録し6点差からの大逆転勝利に貢献した[2]。また9月10日はSKワイバーンズ戦でメリル・ケリーを相手にホームランを放ち、初二桁本塁打を記録した[3]。
最終的に2017年のシーズンは60試合に出場し、2割台の打率、50安打、30得点、38打点、12本塁打で自己最高記録を記録した。
2018年には前年に見せた姿のために期待を得て個人歴代最多試合に出場したが、成績は前年度より減少し期待以下の姿を見せた。
2019年は序盤こそレギュラー三塁手として打点1位を記録したが、シーズンが進むほど打撃記録が下落した。
2020年1月、朴峻太とのトレードで起亜タイガースへ移籍した。
しかし起亜では1年半の在籍で僅か4安打2打点0本塁打の記録しか残せず、2021年7月20日に金明燦、文善載、黄仁俊と共にウェーバー公示を要請された[4]。しかし獲得を希望するチームはなく、7月28日に自由契約選手になった。
その後8月3日に現役を引退し、かつて勝負操作事件で永久失格になった文宇藍が運営する野球アカデミーの講師として活動することになった。
2025年から古巣キウムのコーチに就任する。