有馬賢二
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| 名前 | ||||||
| カタカナ | アリマ ケンジ | |||||
| ラテン文字 | ARIMA Kenji | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
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| 生年月日 | 1972年11月26日(53歳) | |||||
| 出身地 | 神奈川県横浜市 | |||||
| 身長 | 178cm[1] | |||||
| 体重 | 72kg[1] | |||||
| 選手情報 | ||||||
| ポジション | FW | |||||
| ユース | ||||||
| 1988-1990 |
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| 1991-1994 |
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| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 1995-1997 |
| 20 | (2) | |||
| 1998 |
| 10 | (2) | |||
| 1999-2002 |
| 113 | (55) | |||
| 通算 | 143 | (59) | ||||
| 監督歴 | ||||||
| 2014-2015 |
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| 2017-2018 |
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| 2019-2021 |
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1. 国内リーグ戦に限る。2008年12月8日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
有馬 賢二(ありま けんじ、1972年11月26日 - )は、神奈川県横浜市栄区[2]出身の元サッカー選手、サッカー指導者。
選手時代
5歳の時にサッカーを始める[2]。中学年代は全日空横浜SCジュニアユースおよびクラブが創設されたばかりのY.S.C.C.横浜のジュニアユースでプレーした[3]。日本大学藤沢高校では3年次に出場したインターハイでベスト8に入った[1]。1992年に日本大学へ進学。1年次より全日本大学選抜に選出される。
1995年大学を卒業し、Jリーグ参入初年度の柏レイソルに入団したが、メディカルチェックで先天性の頸椎障害が発覚[4][2]。手術及び術後のリハビリによって長期離脱を強いられ、リーグ戦終盤の10月にJリーグ初出場を果たした。完治して以後はスーパーサブとして起用された。1998年にコンサドーレ札幌に移籍した。
1999年、同年より日本フットボールリーグ(JFL)に加入した横浜FCへ移籍。同年はリーグ2位の19得点、2000年は24得点を挙げて得点王を獲得すると共に、MVP・ベストイレブンを受賞し、エースストライカー[5]としてチームのリーグ優勝とJ2参入に貢献。180cmに満たない身長ながらヘディングでゴールを量産する姿に「利き足は頭」とも評された[5][6][2]。
指導者時代
現役引退後、2003年よりFC東京に加入し、主に下部組織でコーチを務めた。実績を買われ[7]、2009年には同クラブのトップチームのコーチに就いた[1]。2013年、JFA公認S級ライセンスを取得[8]。
2014年、Y.S.C.C.横浜の監督に就任[3]。Jリーグ参入初年度故の戦力差もあって好成績を残せず、2015年限りで契約を満了[9]。
2016年よりJFAナショナルトレセンコーチとして指導者養成に携わる[10]。2017年、2019 FIFA U-17ワールドカップを目指すU-15サッカー日本代表の監督に就任[11]。
所属クラブ
- 1977年 - 1984年 FC本郷[3]
- 1985年 - 1986年途中 全日空横浜SCジュニアユース
- 1986年途中 - 1987年 Y.S.C.C.ジュニアユース
- 1988年 - 1990年 日本大学藤沢高等学校[3]
- 1991年 - 1994年 日本大学[3]
- 1995年 - 1997年
柏レイソル - 1998年
コンサドーレ札幌 - 1999年 - 2002年
横浜FC
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 1995 | 柏 | - | J | 7 | 0 | - | 0 | 0 | 7 | 0 | |
| 1996 | 8 | 2 | 8 | 2 | 2 | 0 | 18 | 4 | |||
| 1997 | 19 | 5 | 0 | 5 | 1 | 0 | 0 | 10 | 1 | ||
| 1998 | 札幌 | 11 | 10 | 2 | 3 | 1 | 1 | 0 | 14 | 3 | |
| 1999 | 横浜FC | 15 | JFL | 24 | 19 | - | 3 | 3 | 27 | 22 | |
| 2000 | 9 | 22 | 24 | - | 2 | 3 | 24 | 27 | |||
| 2001 | J2 | 42 | 10 | 3 | 0 | 2 | 2 | 47 | 12 | ||
| 2002 | 25 | 2 | - | 3 | 1 | 28 | 3 | ||||
| 通算 | 日本 | J1 | 30 | 4 | 16 | 4 | 3 | 0 | 49 | 8 | |
| 日本 | J2 | 67 | 12 | 3 | 0 | 5 | 3 | 75 | 15 | ||
| 日本 | JFL | 46 | 43 | - | 5 | 6 | 51 | 49 | |||
| 総通算 | 143 | 59 | 19 | 4 | 13 | 9 | 175 | 72 | |||
その他の公式戦
- 1998年
- J1参入決定戦 1試合0得点
出場歴
タイトル
クラブ
- 横浜FC
- 日本フットボールリーグ : 2回 (1999年、2000年)
個人
- 日本フットボールリーグ MVP (2000年)
- 日本フットボールリーグ 得点王 (2000年)
- 日本フットボールリーグ ベストイレブン:2回 (1999年、2000年)
指導歴
- 2003年 - 2013年 FC東京
- 2014年 - 2015年 Y.S.C.C.横浜 監督
- 2016年 - 2018年 日本サッカー協会
- 2016年 - 2018年 JFAナショナルトレセン コーチ
- 2017年 - 2018年 U-15/17日本代表 監督
- 2016年 2018年 JFA A級ジェネラルインストラクター
- 2019年 - 2021年 ファジアーノ岡山FC 監督
- 2022年 - 2024年 サンフレッチェ広島F.C コーチ
- 2022年 - 2023年 トップチーム コーチ
- 2024年 トップチーム ヘッドコーチ
- 2025年 - FC町田ゼルビア ヘッドコーチ