東日本大震災による交通への影響
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自動車・バス
地震直後は山形自動車道・八戸自動車道・青森自動車道・秋田自動車道・東北中央自動車道・東北自動車道・常磐自動車道・磐越自動車道・日本海東北自動車道・首都高速・北関東自動車道・東関東自動車道・東京外環自動車道・東名高速道路などの高速道路が通行止めになった[1]。さらには宮城県内の国道も各地で寸断された[2]。しかしながら復旧が各地で急ピッチで進められ、大きな打撃を受けた高速道路(常磐自動車道上り線那珂インターチェンジ - 水戸インターチェンジ間)が僅か6日で再開の見通しがつくくらいまで復旧されたという驚異的な速さが、驚嘆の意を表すという形で海外のマスメディアに報道された[3]。常磐自動車道の広野インターチェンジ - 常磐富岡インターチェンジ間は、福島第一原発から半径20kmの警戒区域内に入ることから通行止めになっていたが、2014年2月22日に3年ぶりに復旧し震災時における開通区間の通行止めが全て解除された[4]。東北地方の高速道路では罹災者を支援することを目的として被災者及び原発事故による避難者の通行料を無料にするという措置が2012年3月31日まで続けられた[5][6]。
バス事業者では、岩手県交通大船渡営業所・高田バスターミナル・岩手県北自動車小本支所が大津波で全壊するなどの甚大な被害を受けた。また、新常磐交通北営業所は、福島第一原子力発電所から半径20kmの警戒区域内にあることから2021年現在も使用できなくなっている(富岡車庫管轄の一部のみ2018年から路線再開)。一部の事業者では、震災の影響で利用者が激減したことや復旧が資金的な面で困難である事などを理由として路線の廃止も検討された[7]。岡山県の両備グループは運営している路線バスの車内に義捐金箱を設置した[8]。
首都圏では交差点への進入車両が極度に増えたことで、隣接する交差点まで車両の列が伸びて渋滞が連鎖的に増えるグリッドロックと呼ばれる「超渋滞」現象が日本で初めて観測され、解消までほぼ一日を要した[9]。
鉄道
各地の鉄道路線は大打撃を受けたことにより、地震発生以降機能が停止した。多くの路線は数日後から同年4月末までに復旧したが、特に被害が甚大であった常磐線、山田線、仙石線、石巻線、三陸鉄道などは、長期にわたる運休を余儀なくされた。また、気仙沼線、大船渡線は一部の区間で普通鉄道による再開を断念し、BRTに移行した。
山田線は被害が甚大であった宮古 - 釜石間が、東日本旅客鉄道による復旧後に三陸鉄道に経営移管された。
東北新幹線では仙台駅付近で脱線が発生するなどの被害が生じ、同年9月に通常ダイヤに戻るまで約半年を要した。詳細は東北新幹線#東日本大震災による被災と復旧を参照。
十和田観光電鉄線は、かねてから東北新幹線の新青森駅延伸により鉄道事業の経営が厳しくなっていたところ、震災による影響が決定打となり2012年に廃線となった[10]。
首都圏を中心に大量の帰宅困難者が見られた。
- 全線復旧までに1年以上を要した路線[11]
- 八戸線(2012年3月17日復旧)
- 三陸鉄道南リアス線(2014年4月5日復旧)
- 三陸鉄道北リアス線(2014年4月6日復旧)
- 石巻線(2015年3月21日復旧)
- 仙石線(2015年5月30日復旧)
- 山田線(2019年3月23日復旧) - 復旧区間がJRから三陸鉄道に経営移管し三陸鉄道リアス線の一部となった。
- 常磐線(2020年3月14日復旧) - これにより全ての鉄道が復旧完了。
- BRTに転換した路線
- 気仙沼線柳津駅 - 気仙沼駅間(2012年12月22日本格移行) - 詳細は気仙沼線・大船渡線BRT参照
- 大船渡線気仙沼駅 - 盛駅間(2012年12月22日本格移行) - 同上
