根岸一行
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ねぎし かずゆき 根岸 一行 | |
|---|---|
| 生誕 |
1971年3月17日(54歳) |
| 国籍 |
|
| 出身校 | 東京大学経済学部 |
| 職業 |
郵政・総務官僚 実業家 |
| 活動期間 | 1994年 - |
| 団体 | 日本郵政グループ |
| 肩書き |
日本郵政株式会社取締役兼代表執行役社長兼グループCEO 日本郵便株式会社取締役 株式会社ゆうちょ銀行取締役 株式会社かんぽ生命保険取締役 |
| 任期 | 2025年 - |
| 前任者 | 増田寬也 |
根岸 一行(ねぎし かずゆき、1971年〈昭和46年〉3月17日 - )は、日本の郵政・総務官僚、実業家。日本郵政株式会社取締役兼代表執行役社長[3][4]、日本郵政グループCEO[5]、日本郵便株式会社取締役[6]、株式会社ゆうちょ銀行取締役[6]、株式会社かんぽ生命保険取締役[6]。
神奈川県生まれ。外祖父の家の隣が郵便局で、幼少期は記念切手収集を趣味としていた。また、学生時代には鎌倉市の禅寺で座禅を組むなどした[2][1]。
1994年に東京大学経済学部を卒業し郵政省(現総務省)に入省[6][7][1]。最初の2年間は簡易保険局で資金運用を担当した[2]。その後、イギリスの大学に1年間留学し、帰国後は経済企画庁で経済白書作成に携わった[2]。
京都府の郵便局副局長を務めたのちは、郵政事業庁簡易保険事業部の事務部門に戻り、リスク管理やコンプライアンスを担当し、日本郵政公社では新設の経営企画部門に配属となった[2]。
郵政民営化後はかんぽ生命保険に入社[2]。2010年にかんぽ生命保険で営業推進部担当部長に就任した[6]。その後、日本郵便で経営企画部長などを歴任し、2019年4月から常務執行役員となる[4]。2023年に日本郵便の東海支社長に就任[6]。
2025年、全国2391の郵便局において運転手の酒気帯びの有無などを確認する点呼が、記録簿の改竄により不適切に行われていた問題を受け、当時の常務執行役員東海支社長として、千田哲也代表取締役社長、美並義人代表取締役副社長、小池信也常務執行役員近畿支社長、高橋文昭常務執行役員東京支社長らが、月額報酬の減額処分を受けたのに合わせ、月額報酬の20%の3か月間の自主返納を行った[8][9][10][11]。
同年、増田寬也の後任として、日本郵政の取締役代表執行役社長に就任[4]。同時に就いた日本郵便の小池信也代表取締役社長とともに旧郵政省出身で、特に民営化後、旧郵政官僚が持ち株会社のトップに就任するのは初めてとなった[4]。
社長の選任のプロセスは、日本郵政の指名委員会(岡本毅委員長、進藤孝生委員、増田寬也委員)や、指名委員会懇談会での議論で進められた[12][6]。指名委員会では、当初は外部から優秀な経営者を招く方針で、2023年からメガバンクの頭取経験者やJR各社の経営者などにも打診を続けていた。しかし度重なる不祥事の影響もあり、「火中の栗を拾うという形にはいかなかった」「かなり温度の高い栗と思われていた」と、人選が難航したことを増田前社長は示唆した[13][14]。
また、NTTや日本たばこ産業が民営化後に内部登用へと切り替えていった経緯を踏まえ、内部登用が民営化後に入社した若い職員のモチベーション向上につながるという意見も出たという[12]。そのため、2024年から内部からの登用方針に切り替え、外部からの登用を断念した[12]。記者会見で増田は根岸について、「世代の中で一番早く執行役、そして常務に昇進し、非常に沈着冷静」であり、「不適正募集などの際には私のところにさまざまな件で説明に来て、論理一貫していて実態も現場もよく把握していた」と紹介した[12]。
一方、小泉内閣で郵政民営化を進めた竹中平蔵(元郵政民営化担当大臣、元総務大臣)や、髙橋洋一(竹中の元大臣補佐官、元内閣官房郵政民営化準備室参事官)は、旧郵政官僚がトップに就くことについて、民営化の流れに逆行するのではないかと批判している[15]。