氏野博隆
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東大阪市英田中学でラグビーを始め、天理高校に進学し二年生時に高校日本一を経験し、同志社大学に入学、大学在籍中に日本代表に選出され、1976年のカナダ遠征で初キャップを獲得。
社会人では、東京三洋電機(現パナソニック)入社、ラグビー部に在籍。日本代表としては6年間で12キャップ[2]を獲得。出場した12試合のうち、11番左ウイングとして9試合、14番右ウイングとして3試合に先発出場。
テストマッチ通算7トライ。
切れのあるステップワークと俊足ウイングとして活躍。
1980年にはウェールズ100年祭に世界選抜の一員に選出され、ウェールズ代表と対戦した。
東京三洋電機では、引退までに全国社会人大会で3度の準優勝に輝いた。
引退後は天理大学のスカウト[3]も担当している。