大畑大介
From Wikipedia, the free encyclopedia
|
第67回朝日杯フューチュリティS表彰式にて (2015年12月20日) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 生年月日 | 1975年11月11日(50歳) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 出身地 |
| ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 身長 | 1.76 m (5 ft 9+1⁄2 in)(選手時代)[1] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 体重 | 82 kg (12 st 13 lb)(選手時代)[1] | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 学校 | 東海大学付属仰星高等学校 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 大学 | 京都産業大学 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| ラグビーユニオンでの経歴 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
大畑 大介(おおはた だいすけ、1975年11月11日 - )は、日本の元ラグビーユニオン選手。和水町ふるさと大使。
大阪府大阪市城東区の出身(実家は2011年までパン屋を経営)[3]。ポジションはウィング(WTB)とセンター(CTB)で、走力を活かしてトライを量産[3]。高校(東海大仰星)の頃はフルバック(FB)。現役時代にはトップリーグの神戸製鋼コベルコスティーラーズに所属。2008年のラグビーシーズンに発足したトップリーグキャプテン会議では2009年シーズンまで初代代表を務めた。
2010年シーズンを最後に現役を引退した。引退後は神戸製鋼コベルコスティーラーズのアンバサダー(大使)やSPORTS JAPAN アンバサダーとして、全国各地や各種メディアなどでラグビーの振興・普及活動につとめる[3]。
- 1984年、大阪ラグビースクールに入ってラグビーを始める。
- 1991年、東海大学付属仰星高等学校へ入学。
- 1994年、京都産業大学へ入学。京都産業大学ラグビー部入部。
- 1998年、神戸製鋼へ入社。
- 2001年〜2002年、神戸製鋼に在籍したまま、日本のオフシーズンを利用して、シドニー(オーストラリア)の ノーザンサバーブスRFCでプレー。
- 2002年、神戸製鋼を退社し、フランスのモンフェラン・クラブ(ASモンフェランデーズ。現・ASMクレルモン・オーヴェルニュ)へ移籍。ただし外国人枠に阻まれ、正式契約を結ぶことはできなかった。
- 2003年、神戸製鋼コベルコスティーラーズに復帰。
- 日本代表58キャップ保有。
- 2011年、引退。
来歴
1996年、アジア選手権に出場する日本代表(ジャパン)に選ばれて全試合に出場し、韓国との最終戦で初キャップを獲得[3]。
1997年、京都産業大学ラグビー部の主将を務め関西大学ラグビーリーグ戦を制した。続く第34回大学選手権2回戦にて早稲田大学相手に69 - 18 と大勝。ラックから早稲田ボールを再三奪った京産が大畑のカウンターからトライの山を築いた[4]。しかし準決勝戦では、この年優勝した関東学院大学に38-46で完敗した。
1999年の香港セブンズで、日本代表は下位チームによるトーナメントグループ(プレートトーナメント)に回ったが、その決勝のスコットランド戦の終了間際、大畑は自陣ゴール前から独走トライで日本を逆転勝利に導き、MVPを獲得した。
2002年7月6日、国立競技場でのワールドカップアジア最終予選台湾戦で、テストマッチにおける日本新記録となる8トライを記録。そして2006年5月14日、花園ラグビー場でのジョージア戦で3トライを挙げてテストマッチ通算65トライとし、オーストラリアのデイヴィッド・キャンピージが保持していた64トライの世界記録を更新した。
ワールドカップでは、1999年と2003年の2大会[3] で日本代表の全試合(計7試合)にフル出場し、計3トライを記録している。
2006年アジア選手権(兼ワールドカップアジア最終予選)では主将を務める。2004年にも1度務めたが、当時の主将だった箕内拓郎の代役としてだった。
2006年のトップリーグ最終節ヤマハ戦で右アキレス腱を断裂し、2007年上半期をリハビリに費やす。2007年8月10日、「リポビタンDチャレンジ2007 日本代表 vs アジア・バーバリアンズ ラグビーワールドカップ2007 日本代表壮行試合」にて、見事復帰、アジア混合チームにトライを上げ快勝した。2007年ワールドカップにおいても、副将に選ばれている。2007年8月25日、イタリアで行われたポルトガルとの本大会に向けた調整試合で左アキレス腱を断裂。
2008-2009シーズン・トップリーグ第1節NEC戦で復活。元南アフリカ代表ヤコ・ファン・デル・ヴェストハイゼンのパスをカット。一気に50mを走りきり、復活トライをあげた。その後チームは、トップリーグプレーオフに進出するが、2009年2月1日の準決勝東芝戦で左肩を亜脱臼。そのまま退場した。
2010-11トップリーグ開幕を前に同シーズンを最後に引退することを表明。2011年1月9日、リーグ最終戦の豊田自動織機戦で右膝膝蓋腱を断裂。これを最後に選手生活にピリオドを打つこととなった[3]。なお、この右膝の手術の翌日、外泊許可を取ってバラエティ番組『さんまのまんま』の収録に参加している(放映日は関西テレビ 2011年1月29日、フジテレビ 2011年2月6日)。高校の同級生である建山義紀投手(当時テキサス・レンジャーズ)と上原浩治投手(当時ボストン・レッドソックス)が出演すると云うことで、3人揃うのは滅多にないから、とのことであった。
ワールドカップ2015(イングランド大会)の開会式で、各国レジェンドの1人として出演した[5]。
ラグビーワールドカップ2019のアンバサダーを務める[6]。
2016年、ワールドラグビーからワールドラグビー殿堂として表彰される[7]。坂田好弘が2012年に選ばれて以来で、2人目[3]。
テストマッチでのトライ一覧
| トライ | 対戦相手 | 会場 | 大会 | 日付 | 勝敗 | 得点 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 1996年アジアラグビーフットボール大会 決勝 | 1996年11月9日 | 勝利 | 41-25 | |||
| 2 | |||||||
| 3 | |||||||
| 4 | 1998年パシフィック・リム選手権 第6戦 | 1998年6月20日 | 敗北 | 25-34 | |||
| 5 | アルゼンチン代表第1回来日第2戦 | 1998年9月15日 | 勝利 | 44-29 | |||
| 6 | 1998年アジアラグビーフットボール大会 兼 第4回RWC予選 第3戦 | 1998年10月31日 | 勝利 | 47-7 | |||
| 7 | |||||||
| 8 | 1999年パシフィック・リム選手権 第2戦 | 1999年5月8日 | 勝利 | 44-17 | |||
| 9 | 1999年パシフィック・リム選手権 第3戦 | 1999年5月22日 | 敗北 | 37-34 | |||
| 10 | 1999年パシフィック・リム選手権 第5戦 | 1999年6月12日 | 勝利 | 47-31 | |||
| 11 | |||||||
| 12 | スペイン代表第1回来日第2戦 | 1999年8月20日 | 勝利 | 30-7 | |||
| 13 | ラグビーワールドカップ1999 第2戦 | 1999年10月9日 | 敗北 | 15-64 | |||
| 14 | 2000年パシフィック・リム選手権 第1戦 | 2000年5月20日 | 敗北 | 22-47 | |||
| 15 | |||||||
| 16 | 2000年アジアラグビーフットボール大会 決勝 | 2000年7月2日 | 勝利 | 34-29 | |||
| 17 | 2000年パシフィック・リム選手権大会 第5戦 | 2000年7月15日 | 敗北 | 18-62 | |||
| 18 | リポビタンDチャレンジ2002 ロシア代表第1回来日 | 2002年5月19日 | 勝利 | 59-19 | |||
| 19 | 第2回アジア3国対抗(第5回RWCアジア地区最終予選) | 2002年6月16日 | 勝利 | 90-24 | |||
| 20 | |||||||
| 21 | |||||||
| 22 | |||||||
| 23 | 第2回アジア3国対抗(第5回RWCアジア地区最終予選) | 2002年7月6日 | 勝利 | 155-3 | |||
| 24 | |||||||
| 25 | |||||||
| 26 | |||||||
| 27 | |||||||
| 28 | |||||||
| 29 | |||||||
| 30 | |||||||
| 31 | 第2回アジア3国対抗(第5回RWCアジア地区最終予選) | 2002年7月14日 | 勝利 | 55-17 | |||
| 32 | 第2回アジア3国対抗(第5回RWCアジア地区最終予選) | 2002年7月21日 | 勝利 | 120-3 | |||
| 33 | |||||||
| 34 | 第14回アジア競技大会 決勝 | 2002年10月13日 | 敗北 | 34-45 | |||
| 35 | 第1回スーパーパワーズカップ | 2003年5月17日 | 敗北 | 27-69 | |||
| 36 | 第1回スーパーパワーズカップ | 2003年5月25日 | 敗北 | 34-43 | |||
| 37 | オーストラリアA代表来日第2戦 | 2003年6月8日 | 敗北 | 15-66 | |||
| 38 | 第5回日韓定期戦 | 2003年6月15日 | 勝利 | 86-3 | |||
| 39 | |||||||
| 40 | イングランド代表第3回来日第1戦 | 2003年7月3日 | 敗北 | 10-37 | |||
| 41 | ラグビーワールドカップ2003 第2戦 | 2003年10月18日 | 敗北 | 29-51 | |||
| 42 | ラグビーワールドカップ2003 第4戦 | 2003年10月27日 | 敗北 | 26-39 | |||
| 43 | 第2回スーパーパワーズカップ 決勝 | 2004年5月30日 | 勝利 | 34-21 | |||
| 44 | 南アメリカ遠征2005 第1戦 | 2005年4月16日 | 敗北 | 18-24 | |||
| 45 | 南アメリカ遠征2005 第2戦 | 2005年4月23日 | 敗北 | 36-68 | |||
| 46 | 第5回アジア3国対抗(RWCアジア2次予選〉 | 2005年5月8日 | 勝利 | 91-3 | |||
| 47 | |||||||
| 48 | |||||||
| 49 | |||||||
| 50 | |||||||
| 51 | |||||||
| 52 | 第5回アジア3国対抗(RWCアジア2次予選) 兼 第7回日韓定期戦 | 2005年5月15日 | 勝利 | 50-31 | |||
| 53 | |||||||
| 54 | 第3回スーパーパワーズカップ 1回戦 | 2005年5月25日 | 勝利 | 23-16 | |||
| 55 | |||||||
| 56 | リポビタンDチャレンジ2005 | 2005年6月19日 | 敗北 | 18-47 | |||
| 57 | |||||||
| 58 | アラビアンガルフ | 第6回アジア3国対抗(RWC3次予選) | 2006年4月16日 | 勝利 | 82-9 | ||
| 59 | |||||||
| 60 | |||||||
| 61 | 第6回アジア3国対抗(RWC3次予選) 兼 第8回日韓定期戦 | 2006年4月23日 | 勝利 | 50-14 | |||
| 62 | |||||||
| 63 | リポビタンDチャレンジ2006 | 2006年5月14日 | 勝利 | 32-7 | |||
| 64 | |||||||
| 65 | |||||||
| 66 | 第7回アジア3国対抗(RWC最終予選) | 2006年11月18日 | 勝利 | 52-3 | |||
| 67 | 第7回アジア3国対抗(RWC最終予選) 兼 第9回日韓定期戦 | 2006年11月25日 | 勝利 | 54-0 | |||
| 68 | |||||||
| 69 |
人物
主な記録
- 通算テストマッチトライ記録(69トライ)
- テストマッチ年間トライ数世界タイ記録(2002年17トライ)
- テストマッチ1試合トライ数日本記録(2002年7月6日、中華台北戦)
受賞歴
- 2003-04トップリーグベスト15・ファンサービス賞
- 2005-06トップリーグベスト15
- 2010-11功労賞
著書
- 大畑大介著『ラグビーまあまあおもろいで!』(潮出版社,2019年9月)ISBN 9784267021961
- 大畑大介著『信じる力』(ベストセラーズ,2011年2月)ISBN 9784584132913
- 大畑大介著『不屈の「心体」──なぜ闘い続けるのか』(文春新書,2009年12月)ISBN 9784166607327
- 大畑大介著『トライ』(PHP研究所,2003年10月)ISBN 9784569631035