この清泉寺跡の比較的近くには、「谷山大観音」と呼ばれている、吹きさらしで建っている金色の観音像が鹿児島市下福元町にあるが、この観音像がある場所は、かつて「妙円寺谷山出張所」と表記されていた入口看板が現在、なぜか廃寺になっているはずの清泉寺の名が称された「清泉寺観音堂」となっており、道路からの入口近くにある寺務所は「清泉寺寺務所」と表記されている。大観音像の下にある納骨堂の建物も現在は「清泉寺大観音堂」と表記されており、納骨堂の横には賽銭箱の置かれた祈祷などを行う建物がある。入口には、商売繁盛、合格祈願、縁結びのために、ここで行われている「ろうそく祈願」なる祈祷、この場所の納骨堂、近場にある摩崖仏[1]史跡の案内が書かれた看板が立てられているが、かつては清泉寺の名が書かれた納骨堂分譲中の旗が立てられていたこともある。
この観音像は日置市の妙円寺によって、妙円寺61代住職・伊藤憲一()の代に台湾でつくられて船で運ばれ、1990年代初め頃に観音像が先に建立され、後に周囲の建物等が整備された。現在、この妙円寺が管理している。33mある観音像の台座より下は納骨堂の建物になっており、納骨堂の正面には8体の白い仏像が設置され、向かって右側面には、妙円寺により分譲された数々の墓や、大小たくさんの地蔵が並んでいる。