渡辺由己
From Wikipedia, the free encyclopedia
15歳からゴルフを始め[2]、1970年にプロ入りする[1]。
1975年のアジアサーキット・インディアンオープンでは日本勢でミヤ・アエ(
ビルマ)、ベン・アルダ(
フィリピン)と並んで4位タイの岩下吉久に次ぎ、ハワード・トウィッティ(
アメリカ合衆国)らと並んでの9位タイ[3]に入った。
1975年の総武国際オープンでは2日目に沼澤聖一・尾崎将司・山本善隆、ビル・ダンク(
オーストラリア)と並んでの5位タイ[4]、3日目には山本・杉本英世・アルダ、テッド・ボール(オーストラリア)と並んでの3位タイ[5]に着けた。
1975年の関東プロでは2日目には佐藤正一・荒井進三・川田時志春・山田健一と並んでの10位タイ[6]、3日目には飯塚良男と並んでの5位タイ[7]に着けた。
1976年のサントリーオープンでは初日を安田春雄・内田繁と共に5アンダー67をマークし、首位のグラハム・マーシュ(オーストラリア)と1打差の2位タイでスタートした[8]。
1976年の日本プロでは初日を村上隆・大場勲・新井規矩雄・金本章生・村上渉・陳健振(中華民国)・原克己・大嶋正春・寺本一郎・吉武恵治・宮本省三・榎本七郎・菊地勝司と共に2アンダー68の8位タイ[9]でスタートした。
1976年の美津濃トーナメントでは2日目に69をマークし、草壁政治・浦西武光・内田繁に次ぐと同時に鈴木規夫・戸田雅吉を抑えての5位[10]に入った。
1976年の関東プロでは最終日に69をマークして森憲二・尾崎将・上原宏一と並んでの9位タイ[11]に入り、1977年のブリヂストンオープンでは初日を鈴木・横島由一・山本善、アル・ガイバーガー(アメリカ)と並んでの8位タイ[12]でスタートした。
1978年の千葉県オープンでは初日に69をマークして首位の上原忠明と1打差2位[13]でスタートし、最終日も上原に1打及ばず2位[14]に終わった。
1980年のブリヂストンオープンでは初日をロン・ヒンクル(アメリカ)、羽川豊・尾崎直道・菊地勝司・安田・須貝昇・中嶋常幸・矢部昭・鷹巣南雄・島田幸作・中村通と並んでの6位タイ[15]でスタートし、2日目には安田・須貝と共に栗原徹、ビル・ロジャース&ラニー・ワドキンス(アメリカ)、高橋五月・金本章生・泉川ピートと並んでの10位タイ[16]に着け、最終日には石井秀夫・沼澤と並んでの9位タイ[17]に入った。
1981年のゴルフダイジェストトーナメントでは2日目に同日のベストスコア65をマークして中嶋と5打差の2位[18]につけ、3日目には4バーディー、1ボギーの3アンダー69と追い上げて前日の5打差から2打差に迫る[19]。最終日には中嶋と共にボギーが先行してスコアを崩し、3位に終わった[20]。
1992年の茨城オープンで加藤仁・岩下・大井手哲・芹澤大介・森茂則に次ぐと同時に江本光・小泉清一・町野治・高野勇一・小溝高夫と並んでの6位タイ[21]に入り、同年のジーン・サラゼン ジュンクラシック[22]を最後にレギュラーツアーから引退。
1999年にはTPCシニアで冨田三十士と並んでの8位タイ[23]、2000年には北海道シニアオープンでは川俣茂と並んでの3位タイ[24]、キャッスルヒルオープンでは金井清一・中山徹・長谷川勝治と並んでの6位タイ[25]、日本プロシニアでは高橋勝成・田中文雄・海老原清治に次ぐ5位[26]に入った。
脚注
- 1 2 “渡辺 由己 ワタナベ ヨシミ YOSHIMI WATANABE”. www.smile-pga.jp. 2024年3月16日閲覧。
- 1 2 “渡辺 由己選手のプロフィール”. www.jga.or.jp. 2024年3月16日閲覧。
- ↑ 朝日新聞縮刷版p954 昭和50年3月31日朝刊17面「豪のボールが初優勝 インド・オープン」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p591 昭和50年4月19日朝刊17面「新人坂下、首位に立つ 7バーディー 通算で10アンダー 総武オープン」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p622 昭和50年4月20日朝刊14面「許、5アンダーの首位 坂下、OBも出し崩れる 総武オープン第三日」
- ↑ 毎日新聞縮刷版p38 昭和50年8月2日朝刊10面「青木、独走だ 13アンダー 関東プロゴルフ」
- ↑ 毎日新聞縮刷版p70 昭和50年8月3日朝刊18面「青木くずれる 堅実、謝敏男が浮上 関東ブロゴルフ」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p315 昭和51年9月10日朝刊17面「マーシュまず首位 サントリー・ゴルフ」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p783 昭和51年9月24日夕刊9面「宮本康・金井がリード 日本プロゴルフ 尾崎、三位につける」
- ↑ “第6回 1976年(昭和51年)|ゴルフ|ミズノ公式オンライン”. mizuno.com. 2024年3月16日閲覧。
- ↑ 朝日新聞縮刷版p240 昭和51年8月9日夕刊6面「村上ゆうゆう関東一 新人中島、四打差の二位 関東プロゴルフ最終日」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p949 昭和52年10月28日朝刊17面「謝永郁リード ブリヂストン・ゴルフ」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p335 昭和53年8月11日朝刊15面
- ↑ 朝日新聞縮刷版p364 昭和53年8月12日朝刊14面
- ↑ 朝日新聞縮刷版p937 昭和55年10月24日朝刊17面「川波が初日リード ブリヂストン・ゴルフ」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p987 昭和55年10月25日朝刊17面「中島一気にリード奪う ブリヂストン・ゴルフ」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p1061 昭和55年10月27日朝刊19面「混戦 8位まで4打差 石井秀浮上、青木も4位 ブリヂストン・ゴルフ」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p687 昭和56年10月17日朝刊17面「中島が独走 倉本崩れる ゴルフダイジェスト」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p723 昭和56年10月18日朝刊17面「中島トップ 渡辺2差に ゴルフダイジェスト」
- ↑ 朝日新聞縮刷版p757 昭和56年10月19日朝刊19面「伏兵中尾が逆転V プレーオフで中島下す ダイジェストゴルフ」
- ↑ “【公式】水戸グリーンカントリークラブ”. www.mgcc.jp. 2024年3月16日閲覧。
- ↑ “渡辺 由己選手 年度別大会成績 - 日本ゴルフツアー機構 - The Official Site”. www.jgto.org. 2024年3月16日閲覧。
- ↑ “TPCゴルフシニアトーナメント”. 2003年4月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ↑ “第4回北海道シニアオープン”. 2003年4月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ↑ “キャッスルヒルオープンゴルフトーナメント”. 2015年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。
- ↑ “第39回日本プロゴルフシニア選手権大会”. 2015年3月24日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年4月2日閲覧。