田中泯

日本の振付師、ダンサー (1945-) From Wikipedia, the free encyclopedia

田中 泯(たなか みん、1945年3月10日 - )は、日本ダンサー俳優東京都出身。本名:田中捷史(たなか しょうじ)[1]

本名 田中捷史(たなか しょうじ)
生年月日 (1945-03-10) 1945年3月10日(81歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
身長 178 cm
概要 たなか みん 田中 泯, 本名 ...
たなか みん
田中 泯
田中 泯
本名 田中捷史(たなか しょうじ)
生年月日 (1945-03-10) 1945年3月10日(81歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
身長 178 cm
職業 ダンサー、俳優
ジャンル 映画舞台オペラ
公式サイト 田中泯公式サイト
主な作品
テレビドラマ
ハゲタカ
龍馬伝
まれ
いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう
映画
たそがれ清兵衛
隠し剣 鬼の爪
メゾン・ド・ヒミコ
永遠の0
るろうに剣心 京都大火編
アルキメデスの大戦
PERFECT DAYS
国宝
受賞
日本アカデミー賞
その他の賞
キネマ旬報ベスト・テン
新人男優賞
2003年たそがれ清兵衛
高崎映画祭
最優秀助演男優賞
2006年メゾン・ド・ヒミコ
TAMA映画祭
特別賞

2014年祖谷物語 おくのひと
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近年では俳優としても著名だが、本人は「オドリは個人に所属できません。私は名付けようもないダンスそのものでありたいのです。」と語り自身の踊りを「舞踏」、自身を「舞踏家(ぶとうか)」と表記されることを「間違い」「誤解」とし、正しい肩書きは「ダンサー」「舞踊家(ぶようか)」または俳優としている。

略歴・人物

クラシックバレエを学び、その後アメリカンモダンダンスを学び、1966年よりモダンダンサーとして活躍。

1974年より従来のダンスと呼ばれるもの、またはダンス芸術界そのものに反発し、独自のダンスを開始する。個性を表現するような全身の体毛、髪の毛や眉毛に至るまでの全てを剃り落とし、ペニスには包帯を巻いて、体を土色に着色し、ほぼ裸体に近い状態で、劇場、ライブハウス、美術展覧会場、そして、即存の設えられた場所だけでなく、日常的な場所、または野外などの、ありとあらゆる場所で自身の信じるダンスとしての「ハイパーダンス」を展開した。「ハイパーダンス」を命名したのは編集工学研究所松岡正剛である。

1978年、海外でのデビューは、パリ秋の芸術祭「日本の間 (MA-Space/Time in Japan)」展に招待参加(磯崎新武満徹プロデュース、ルーヴル美術館)したことであった[2][3]。これを契機に、翌79年にはアムステルダム市立美術館、1980年にはアヴィニョン演劇祭、ローマ・カラカラ浴場などで次々と独舞公演を行うことになった[4]。この当時の写真は、2016年に出版された写真家田原桂一による写真集「Photosynthesis 1978-1980 光合成 | Min by Keichi Tahara」において世界初公開された。

1982年、意を決して土方巽に会いに行き、土方巽 演出・振付の田中泯ソロ公演「恋愛舞踏派定礎」(1984年)を決行するに至る。現在の彼は、土方の存在に強い影響を受けたと語る一方で、現存する舞踏という枠に、自身のダンスが分類化され押し込められることを強く拒否している。舞踏の創始者と括られる土方巽をも本人はこう語る。「1950年 - 1960年代、世界中で同時に起こったアンダーグラウンドの文化活動と同じで、土方巽は、私にとって反発とバネを持って独自の方向へと踏み出した表現者である。」現在においては「舞踏はもう終わった」と公言もしている[要出典]

同年身体気象研究所を立ち上げ、ダンサーのみならず美術家、映像作家、詩人、哲学者、などあらゆる表現者たちが集う集団を作る。実行委員の一人として東京中野区にオルタナティブスペースとしてplan-B(1982年 - 現在)を立ち上げる。

1985年から山村へ移り住み農業を礎とした日常生活をおくることでより深い身体性を追求。

1986年から2010年にかけて「カラダの可能性を一緒に考える場」としてのダンスワークショップを世界各国で開催した。現在、ヨーロッパを中心としてダンスの方法論としても「身体気象」(ボディウェザー)という言葉が蔓延しているが、これは田中と松岡正剛がともに発案した言葉であるが、特別なイデオロギーを示唆しないと言及している。理路整然と説明できえない彼らの考えるダンスの敬称として生み出された言葉である。また、数多くのワークショップ受講生が世界各地に現存するが、本人が認める唯一の弟子は石原淋のみであると語る[要出典]

映像活動としては、伊藤俊也監督の映画『犬神の悪霊(たたり)』(1977年)、NHK大河ドラマ独眼竜政宗』(1987年)、吉田喜重監督の映画『嵐が丘』(1988年)、伊丹十三監督の映画『あげまん』(1990年)に、シーンの振付家として参加。俳優としては山田洋次監督の『たそがれ清兵衛』(2002年)で初出演を果たす。本作にて、第76回キネマ旬報ベスト・テン新人男優賞、第26回日本アカデミー賞最優秀助演男優賞・新人俳優賞を受賞する[5]2023年にはヴィム・ヴェンダース監督の映画『PERFECT DAYS』に出演し、第76回カンヌ国際映画祭に参加[6]。テレビドラマへの初出演は、元NHK職員であった映画監督の大友啓史が演出家時代に演出をした、NHK土曜ドラマ『ハゲタカ』である。大宅壮一賞を受賞したNHK職員の国分拓のアマゾンのヤノマミ族を150日間同居取材したドキュメンタリー番組『NHKスペシャル ヤノマミ〜奥アマゾン 原初の森に生きる〜』(60分)などドキュメンタリー番組に参加している。

2022年1月28日、田中泯のダンス公演を追ったドキュメンタリー映画『名付けようのない踊り』が公開された。本作は犬童一心が監督、田中裕子がナレーションを務めた[7]

舞踊団

田中泯をリーダーとして現存していた舞踊集団は、プロジェクト毎に構成されている。中でも長期にわたり同名称で複数回の公演を繰り返したものとして、「舞塾」(1981年 結成 - 1997年 解散)、「桃花村舞踊団」(2000年 結成 - 2006年 解散)がある。

略歴

主なダンス活動

オペラ作品(出演・振付)

出演

映画

劇場アニメ

テレビドラマ

配信ドラマ

その他のテレビ番組

  • 1億人の富士山スペシャル「いつになったら 詩人 金子光晴」(2006年、山梨放送) - 朗読・出演
  • NHKスペシャル
    • ヤノマミ 〜奥アマゾン・原初の森に生きる〜(2009年)- ナレーション
    • 貧者の兵器とロボット兵器〜自爆将軍ハッカーニの戦争〜(2010年)- ナレーション
    • 謎の古代ピラミッド〜発掘・メキシコ地下トンネル〜(2014年)- ナレーション
  • 太宰治短編小説集『走れメロス』(2010年、NHK衛星第2テレビジョン
  • ETV特集 人を動かす絵 田中泯 画家ベーコンを踊る(2013年8月3日、NHK Eテレ)[47]
  • 大人のためのサイエンスファンタジー「トナリのウチュウ」(2015年10月17日、NHK BSプレミアム)
  • 100分de名著(NHK教育テレビジョン) - 朗読
    • 2016年12月期・野生の思考
    • 2019年2月期・大衆の反逆
  • NNNドキュメント「カネのない宇宙人 信州 閉鎖危機に揺れる天文台」(2020年2月10日、日本テレビ)- ナレーション
  • ワイルドライフ スペシャル オカバンゴ 水の魔法が生み出すアフリカの奇跡(2021年1月9日、NHK BSプレミアム) - ナレーション
  • ゴッドハンド(2022年3月9日 - 、NHK BSプレミアム他) - ナレーション[48]
  • 新 街道をゆく「北のまほろば」(2023年5月17日、NHK BSプレミアム)- 朗読[49]
  • 日曜美術館「天にささげる“霧” 霧の彫刻家・中谷芙二子」(2023年9月3日、NHK Eテレ)- 場踊り[50]

CM

ラジオ

ミュージックビデオ

写真集

  • 写真集 田中泯『海やまのあひだ』(工作舎、2007年、ISBN 978-4-87502-400-2[56]
  • 田中泯×田原桂一 写真集『Photosynthesis』(スーパーラボ、2016年、ISBN 978-4-90505-297-5

著書

脚注

外部リンク

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