竹下亘
日本の政治家 (1946 - 2021)
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竹下 亘(たけした わたる、1946年〈昭和21年〉11月3日 - 2021年〈令和3年〉9月17日)は、日本の政治家。位階は従三位。
| 竹下 亘 たけした わたる | |
|---|---|
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| 生年月日 | 1946年11月3日 |
| 出生地 |
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| 没年月日 | 2021年9月17日(74歳没) |
| 死没地 |
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| 出身校 | 慶應義塾大学経済学部卒業 |
| 前職 |
日本放送協会記者 衆議院議員秘書 |
| 所属政党 | 自由民主党(竹下派) |
| 称号 |
従三位 経済学士(慶應義塾大学・1969年) |
| 親族 |
父・竹下勇造(島根県議会議員) 伯父・武永貞一(出雲市議会議員) 異母兄・竹下登(内閣総理大臣) 半大甥、異母兄の孫・DAIGO 半大姪、異母兄の孫・影木栄貴 |
| 公式サイト | 衆議院議員 竹下亘(2021年8月26日時点のアーカイブ) |
| 内閣 |
第2次安倍改造内閣 第3次安倍内閣 |
| 在任期間 | 2014年9月3日 - 2015年10月7日 |
| 選挙区 | 島根2区 |
| 当選回数 | 7回 |
| 在任期間 | 2000年6月25日 - 2021年9月17日 |
その他の職歴 | |
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総裁:安倍晋三 (2017年8月3日 - 2018年10月2日) | |
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総裁:安倍晋三 (2016年8月3日 - 2017年8月3日) | |
衆議院議員(7期)、環境大臣政務官(第3次小泉改造内閣)、財務副大臣(福田康夫改造内閣)、復興大臣(第3・4代)、衆議院予算委員長、自由民主党国会対策委員長(第56代)、自由民主党総務会長(第55代)、自由民主党組織運動本部長、自民党たばこ議員連盟副会長、日韓議員連盟総務会長、自由民主党島根県支部連合会会長などを歴任。
来歴
生い立ち
島根県飯石郡掛合町(現・雲南市)出身。竹下家は300年続く旧家で、江戸時代には庄屋を務め、幕末から代々造り酒屋を営んでいる[1]。掛合町立掛合小学校、出雲市立第一中学校、慶應義塾高等学校を卒業し[2]、慶應義塾大学経済学部に進学する。1969年、慶應義塾大学を卒業した[2]。
記者として
慶應大卒業後は日本放送協会に入局し、主に経済畑の記者として活動、『けいざいウィークリー』のキャスター[3]、『NHKモーニングワイド』や『NHK経済マガジン』等の番組で、経済リポートや解説を務めた。日本放送協会を退職後、異母兄である竹下登の秘書に転じる[2]。
政治家として
2000年、引退を表明した竹下登の後継者として、第42回衆議院議員総選挙に島根2区から自由民主党公認で立候補し、民主党公認の錦織淳を破って初当選を果たした。
2005年の第44回衆議院議員総選挙では、亀井久興(郵政民営化法案の採決で反対票を投じたため、自民党の公認を得られず国民新党を結党して立候補した)を破り、3選(亀井は比例復活)。同年、第3次小泉内閣で環境大臣政務官に任命され、第3次小泉改造内閣まで務める。2008年、福田康夫改造内閣で財務副大臣(税制、関税担当)に任命され、麻生内閣でも再任。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では、亀井久興を約2.7万票差で下して比例復活を許さず4選。
2012年、自由民主党の組織運動本部長に就任。同年の第46回衆議院議員総選挙でも民主党の新人らを下し5選。2013年、細田博之の後任として、自由民主党の島根県支部連合会の会長に就任した[4][5]。2014年9月に発足した第2次安倍改造内閣で復興大臣に任命され[6]、初入閣した。併せて、国務大臣としての所管事項として「東京電力福島原子力発電所事故からの再生の総括に関する施策を推進するため企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」[6]を担当することとなった。
2014年の第47回衆議院議員総選挙で6選。2015年10月の内閣改造で大臣を退任。
2016年、衆議院予算委員長に就任。8月の再内閣改造に伴う党人事で国会対策委員長に就任。
2017年、8月の内閣改造に伴う党人事で自由民主党総務会長に就任[7]。同年の第48回衆議院議員総選挙で7選。
2018年、4月に平成研究会会長に就任し、同年10月自民党総務会長を退任。
2019年1月9日、記者会見し、食道がんであることを公表し、入院し治療するとも説明したが、時期には触れず主治医からは早ければ数カ月で復帰できると診断され、平成研究会会長にはとどまるものの、派閥の運営は当面、最高顧問(前会長)の額賀福志郎、会長代行の茂木敏充、吉田博美らに委ねるとした[8]。
2020年8月29日、2019年4月に行われた島根県知事選挙が保守分裂となり混乱した責任を負う形で自民党島根県支部連合会会長を退いた[9]。
2021年7月8日、第49回衆議院議員総選挙に立候補せず、政界から引退する意向を関係者に伝えた[10]。
2021年9月17日21時15分、食道がんのため、東京都内の自宅で死去[11][12][13]。74歳没。日本国政府は死没日をもって従三位に叙し、旭日大綬章を追贈した[14][15]。
追悼演説は同年12月9日、衆議院本会議で当選同期であった小渕優子によって行われ、「温和な人柄で、与野党問わず信頼される存在であり、大好きなタバコを片手に嫌な顔1つせず耳を傾け、的確な方向性を示して下さった。ことばでは言い尽くせない悲しみと無念さをおぼえる」と故人を偲んだ[16]。
政策・主張
発言・失言
- 2017年9月3日の党会合で、グアムを狙う北朝鮮のミサイルを巡り「広島はまだ人口がいるが、島根に落ちても何の意味もない」と発言し、翌4日には「戦略的に考えた場合、北朝鮮が島根を狙ってくることはないだろうという思いを話した」と述べた。問題点を指摘されてもなお、「どこが不適切なのか」と語り、撤回しなかった[26]。
- 2017年11月23日、岐阜市の岐阜産業会館で行われた党支部パーティーの講演で、「(国賓の)パートナーが同性だった場合、私は(晩餐会への出席には)反対だ。日本国の伝統には合わないと思う」と述べた[27]が、翌日に「反省している。言わなきゃよかったと思っている」と陳謝し、撤回した[28]。
- 2018年3月28日、東京都内で行われた講演で、学校法人森友学園の国有地売却問題について「昭恵さん(安倍首相夫人)が迷惑をかけたことは事実だが、(売却に)関与していたことと迷惑をかけたことは分けて考えないといけない」、9月の党総裁選への対応について、「できれば(派閥から)総裁候補を出したいが、できなくても誰かを推したい」と述べた[29]。
- 2021年2月18日、自民党竹下派会長の竹下亘元総務会長は18日、東京五輪・パラリンピック組織委員会の新会長就任が有力視され、のちに就任した橋本聖子五輪相について、「スケート界では男みたいな性格でハグなんて当たり前の世界だ」と発言した。党本部での派閥会合後、記者団に述べた[30]。
- 2021年2月18日、島根県知事・丸山達也が同県内の東京五輪聖火リレーの中止意向を示したことに関し「知事の発言は不用意だ。注意しようと思っています」と述べ、その後の竹下派会合でも「知事の発言に困惑している。誰も知事に付いてこないのではないか」と不快感を示した。2019年4月の島根県知事選挙で、竹下率いる自民党県連所属の国会議員らは、丸山とは別の候補を支援した[31]。
不祥事
竹下が代表を務める自民党島根県第二選挙区支部が、国土交通省中国地方整備局から指名停止処分を受けていた「安部日鋼工業」(岐阜市)から2007年に計20万円の献金を受領していた。2008年9月、産経新聞の取材に対し同支部は速やかに献金を返還する旨を回答している[32]。
2014年10月、政治資金管理団体が、実家の酒屋「竹下本店」に、「備品消耗品」の名目で平成22年から24年にかけて118万円を品代として支払っていたことが政治資金収支報告書から判明した。[33]
さらに政治資金管理団体は過去3年度で金券175万円を購入しており、一部では時間的に矛盾しているような記載が政治資金収支報告書に書かれていることなどが分かった。うち144万円は、様々な用途に使用できてまた金券ショップで換金も可能なQUOカードで、残りが三越の商品券。金券は、実際の支出の使途が不明瞭で追求できず、政治活動の監視をするため収支の状況を明らかにするという政治資金規正法に抵触する可能性がある。[34] 平成22年11月12日開催の政治資金パーティー「竹下亘君を励ます会」のための費用としてクオカードが計上されており、そのうち135200円分がそのパーティーの終わった後の平成22年の11月15日と11月16日に購入されていた。[35] 「国会議員関係政治団体の収支報告書の手引き」(総務省自治行政局選挙部政治資金課編)によれば政治資金パーティーのために記念品を贈ることなどは認められているが金券が記念品になるかどうかは不明瞭であり、金券を参加者へ渡していれば利益供与(公職選挙法221条違反・候補者などが行えば4年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金)になる可能性がある[36]。
人物
略歴
- 1946年(昭和21年) - 誕生。
- 1969年(昭和44年) - 慶應義塾大学経済学部卒業。
- 1985年(昭和60年) - 衆議院議員秘書。
- 2000年(平成12年) - 第42回衆議院議員総選挙当選(1期目)。
- 2003年(平成15年) - 第43回衆議院議員総選挙当選(2期目)。
- 2005年(平成17年)
- 第44回衆議院議員総選挙当選(3期目)。
- 環境大臣政務官(第3次小泉内閣・第3次小泉改造内閣)。
- 2008年(平成20年)
- 2009年(平成21年) - 第45回衆議院議員総選挙当選(4期目)。
- 2012年(平成24年)
- 自由民主党組織運動本部本部長。
- 第46回衆議院議員総選挙当選(5期目)。
- 2014年(平成26年)
- 復興大臣(第2次安倍改造内閣)。
- 第47回衆議院議員総選挙当選(6期目)。
- 復興大臣(第3次安倍内閣・再任)。
- 2016年(平成28年)
- 2017年(平成29年)
- 自由民主党総務会長。
- 第48回衆議院議員総選挙当選(7期目)。
- 2021年(令和3年)
- 9月17日、死去。
所属団体・議員連盟
- 自民党たばこ議員連盟(副会長)[42]
- 朝鮮通信使交流議員の会(幹事)
- 北京オリンピックを支援する議員の会(幹事)
- 日韓議員連盟(幹事)
- 日本会議国会議員懇談会[43]
- 神道政治連盟国会議員懇談会[43]
- みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会[43]
- TPP交渉における国益を守り抜く会
- 日本の印章制度・文化を守る議員連盟(顧問, 発起人)[44]
- 地域の農林水産業振興促進議員連盟(会長)[45]
- ボーイスカウト振興国会議員連盟(理事)
- 日本・モルディブ友好議員連盟(会長)[46][47]
家族・親族
系譜
選挙歴
| 当落 | 選挙 | 執行日 | 年齢 | 選挙区 | 政党 | 得票数 | 得票率 | 定数 | 得票順位 /候補者数 |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 当 | 第42回衆議院議員総選挙 | 2000年 6月25日 | 53 | 島根県第2区 | 自由民主党 | 11万2774票 | 66.08% | 1 | 1/3 |
| 当 | 第43回衆議院議員総選挙 | 2003年11月 9日 | 57 | 島根県第2区 | 自由民主党 | 14万5555票 | 63.77% | 1 | 1/4 |
| 当 | 第44回衆議院議員総選挙 | 2005年 9月11日 | 58 | 島根県第2区 | 自由民主党 | 12万7118票 | 51.90% | 1 | 1/4 |
| 当 | 第45回衆議院議員総選挙 | 2009年 8月30日 | 62 | 島根県第2区 | 自由民主党 | 13万5296票 | 54.91% | 1 | 1/3 |
| 当 | 第46回衆議院議員総選挙 | 2012年12月16日 | 66 | 島根県第2区 | 自由民主党 | 13万5270票 | 67.72% | 1 | 1/3 |
| 当 | 第47回衆議院議員総選挙 | 2014年12月14日 | 68 | 島根県第2区 | 自由民主党 | 12万3584票 | 69.19% | 1 | 1/3 |
| 当 | 第48回衆議院議員総選挙 | 2017年10月22日 | 70 | 島根県第2区 | 自由民主党 | 12万3332票 | 67.82% | 1 | 1/3 |
