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第13回NHK紅白歌合戦

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NHK紅白歌合戦 > 第13回NHK紅白歌合戦
ジャンル 大型音楽番組
司会者  総合  石井鐘三郎アナウンサー
 紅組  森光子
 白組  宮田輝アナウンサー
出演者 #出場歌手参照
審査員 #審査員参照
第13回NHK紅白歌合戦
会場の東京宝塚劇場(写真は太平洋戦争以前)
ジャンル 大型音楽番組
司会者  総合  石井鐘三郎アナウンサー
 紅組  森光子
 白組  宮田輝アナウンサー
出演者 #出場歌手参照
審査員 #審査員参照
オープニング 『乾杯の歌』
エンディング 『蛍の光』
国・地域 日本の旗 日本
言語 日本の旗日本語
製作
制作 NHK
放送
放送チャンネルNHK
音声形式モノラル放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1962年12月31日
放送時間月曜21:00 - 23:45
放送枠NHK紅白歌合戦
放送分165分
回数NHK紅白歌合戦第13
NHK紅白歌合戦公式サイト
番組年表
前作第12回(昭和36年)
次作第14回(昭和38年)
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第13回NHK紅白歌合戦
ジャンル 大型音楽番組
放送方式 生放送
放送期間 1962年12月31日
放送時間 1962年12月31日
放送局 NHKラジオ第1
公式サイト 公式サイト
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『第13回NHK紅白歌合戦』(だいじゅうさんかいエヌエイチケイこうはくうたがっせん)は、1962年(昭和37年)12月31日に東京宝塚劇場で行われた、通算13回目のNHK紅白歌合戦。21時から23時45分にNHKで生放送された。

この回から終了時刻が23時45分に変更され、放送枠が5分拡大された。以後1988年の第39回までこの枠となる。

出演者

司会者

両軍司会は前回まで3年連続で担当した中村メイコ(前回の時点で子供が3歳となるのでそろそろ御節料理など日本の正月の風習を教えてあげたい」との理由により同回が最後という条件を出していた)・高橋圭三(この年完全にフリーアナウンサー転身)が揃って降板した。後任には森が初司会、宮田が復帰した。総合司会については、石井鐘三郎が2年ぶりに復帰した[1]。

出場歌手

      紅組、      白組、      初出場、      返り咲き。

曲順組 歌手名 回 曲目
1白 松島アキラ 初あゝ青春に花よ咲け
2紅 仲宗根美樹 初川は流れる
3白 三浦洸一 7別れては昨日の人ぞ
4紅 大津美子 6忘れないで
5白 飯田久彦 初ルイジアナ・ママ
6紅 弘田三枝子 初ヴァケーション
7白 芦野宏 8カミニート
8紅 中原美紗緒 7フル・フル
9白 ダークダックス 5山男の歌
10紅 ザ・ピーナッツ 4ふりむかないで
11白 春日八郎 8風林火山の歌
12紅 美空ひばり 7ひばりの佐渡情話
13白 北原謙二 初若い二人
14紅 中尾ミエ 初可愛いベイビー
15白 ジェリー藤尾 2遠くへ行きたい
16紅 松尾和子 3昔の人
17白 守屋浩 3大学かぞえうた
18紅 宮城まり子 8ドレミの歌
19白 ダニー飯田とパラダイス・キング 初グッドバイ・ジョー
20紅 トリオ・こいさんず 初ジャンジャン横丁
21白 旗照夫 6私の青空
22紅 坂本スミ子 2エル・クンバンチェロ
23白 坂本九 2一人ぼっちの二人
24紅 吉永小百合 初寒い朝
25白 三波春夫 5巨匠
26紅 朝丘雪路 5島育ち
27紅 江利チエミ 10虹のかなたに
28白 橋幸夫 3いつでも夢を
29紅 及川三千代 初愛と死のかたみ
30白 佐川ミツオ[注釈 1] 2太陽に向って
31紅 森山加代子 3五ひきの仔ブタとチャールストン
32白 平尾昌章[注釈 2] 3ツイストNo.1
33紅 スリー・グレイセス 初ストライク・アップ・ザ・バンド
34白 デューク・エイセス 初ドライ・ボーンズ
35紅 五月みどり 初おひまなら来てね
36白 藤島桓夫 7マドロス慕情
37紅 ペギー葉山 9トゥナイト
38白 アイ・ジョージ 3ク・ク・ル・ク・ク・パロマ
39紅 越路吹雪 8新土佐節
40白 森繁久彌 4しれとこ旅情
41紅 楠トシエ 6うかれ駒
42白 植木等 初ハイそれまでョ
43紅 こまどり姉妹 2未練ごころ
44白 和田弘とマヒナ・スターズ 4泣かせるね
45紅 松山恵子 6おけさ悲しや
46白 村田英雄 2王将
47紅 西田佐知子 2アカシアの雨がやむとき
48白 フランク永井 6霧子のタンゴ
49紅 島倉千代子 6さよならとさよなら
50白 三橋美智也 7星屑の街

選考を巡って

前回の出場歌手の中より今回不選出となった歌手は以下。

演奏

審査員

他のゲスト

当日のステージ・エピソード

  • この回初登場となったダニー飯田とパラダイス・キングだが、当時ボーカルは九重佑三子であるも、この時期の「紅白」では男女混合は認められていなかったため、九重は参加しなかった。また橋幸夫は吉永小百合とのデュエットで『いつでも夢を』をヒットさせ、この年の第4回日本レコード大賞を受賞したが、放送では同じ理由で吉永とのデュエットは認められず、橋がソロで歌った。
  • 2005年にNHKラジオ第1で放送された特集番組内で、現存するラジオ中継の音声のうち、美空ひばりの歌の音声が紹介された。 
  • 優勝は白組。
  • テレビとラジオで同時中継された。ラジオ中継の録音は現存しているが、テレビ映像は当時のニュースで極一部が紹介されたモノクロ映像のみが現存している。これは放送局用の2インチVTRが当時世に出たばかりで機器・テープ共々非常に高価で大型であり、資料として録画・保存するどころではなかったためである。とはいえ、前回以前の紅白に関しては映像が全く現存していないことから、今回がNHKに紅白歌合戦の映像が現存する最古の回となっている。2003年に放送された「感動プレイバックTV50年」では、美空ひばり、江利チエミ、飯田久彦の歌唱映像が紹介されている。
  • 今回使用したマイクロホンは、司会者用はAIWA VM-17(BTS呼称、RV1-1A)、歌手用はNHK放送技術研究所と SONY の共同開発の真空管マイク C-37A(BTS呼称、CU1-2)
  • ビデオリサーチ社による紅白初のテレビ視聴率調査でいきなり80.4%を記録する。

後日譚

  • 翌年の第14回でも当初森は紅組司会を続投することで内定していたが、スケジュールの都合で断念した(紅組司会は江利チエミに交代)。森の次の紅組司会起用は第29回(1978年)まで待つこととなった。

脚注

参考文献

関連項目

外部リンク

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