臣民の道
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1937年に文部省より刊行された「国体の本義」と並ぶ正統的国体論であり、教育勅語の忠君愛国精神を強くかつ詳細に具現化したものと言える。
第一章の「世界新秩序の建設」では世界市場の秩序転換と大東亜共栄圏構築について述べ、その指導者として世界を道義的に再建する使命、挙国一致体制・高度国防国家の重要性を説いている。その中で個人主義・自由主義・功利主義・唯物主義を否定するに留まらず、「ナチス主義・ファッショ主義の勃興」を「個人主義・自由主義等の幣を打開し匡救せんとしたもの」とし、こうした新しい潮流に関心を抱くことは「西洋文明の将来、ひいては新文化創造の動向を示唆するものとして注目すべきことである」というように、ドイツやイタリアへの協調姿勢から民族主義・全体主義を受け入れる様子が把握できる。総力戦体制の早急な整備が必要であるとしていることから、対英米開戦を前提としていることもうかがえる。
第二章の「国体と臣民の道」では刊行前年の皇紀2600年記念祝典に関連し、古事記など様々な史料を引用して神国たる所以や忠君について述べている。それを踏まえ「臣民の道の実践に於いて億兆これ一でなければならぬ」として万民の一心同体を強調し、徹底した家族国家観のもと「我等はまた大御心を奉体し、父祖の心を継ぎ、各々先だつて憂へ後れて楽しむ心掛けを以つて率先躬行し、愈々私を忘れ和衷協同して、不断に忠孝の道を全うすべきである」と説いている。実践すべきとする具体例は第三章にあるが、「国体の本義」がその基となっている。
第三章での実践的論説
- 皇国臣民としての修練
国体の本義に徹し、皇国臣民たるの確固たる信念に生き、気節を尊び、識見を長じ、鞏固なる意志と旺盛なる体力とを練磨して、よく実践力を養い、以つて皇国の歴史的使命の達成に邁進すること、これ皇国臣民として積むべき修練である。この修練を重ねてこそ、臣民の道が実践せられ、大東亜共栄圏を指導すべき大国民として風尚が作興せられる。
- 国民生活
皇土にあらざるはなく、皇国臣民にあらざるはない。されば、私生活を以つて国家に関係なく、自己の自由に属する部面であると見做し、私意を恣にするが如きことは許されないのである。一椀の食、一着の衣と雖も単なる自己のみのものではなく、また遊ぶ閑、眠る間と雖も国を離れた私はなく、すべて国との繫がりにある。かくて我等は私生活の間にも天皇に帰一し国家に奉仕するの念を忘れてはならぬ。我が国に於いては、官に仕へるのも、家業に従ふのも、親が子を育てるのも、子が学問をするのも、すべて己の分を竭くすことであり、その身のつとめである。我が国民生活の意義はまさにかくの如きところに存する。
- 家族国家観
我が国が家族国家であるといふのは、家が集まつて国を形成するといふのではなく、国即家であることを意味し、而して個々の家は国を本として存立するのである。
- 支配的自然観の否定
我等が安らかに日々の生活を営み得るのは種々の物資があればこそであり、そこに自ら報恩感謝の念が滲み出るのである。これ我が国民本来の心情である。然るに西洋近代思想の影響を蒙り、自然はこれを征服し利用すべきものであつて、これに感謝するが如きことは無意味であり、不合理であると観ずる傾向が生じ、更に産業組織が変化し大量生産が行はれるに至つて、物を尊重愛護する念は一層稀薄となつた。かくて日常家庭に於ける衣食の資に就いても、浪費濫用の弊は蔽ふべくもなかつたのである。然るに支那事変発生以来、国民は斉しく資源を愛護し物資を尊重すべきことを切実に教へられるに至つた。我等は日常生活の諸資料に就いてはもとよりのこと、生産その他の資料に就いては、古来の美風を再び今日に生かし、一物と雖も粗略にすべきものにあらずといふ真の感謝愛護の念を以つて取り扱はねばならない。
- 職分奉公
凡そ皇国臣民の道は、如何なる職にあるを論ぜず、国民各々国家活動の如何なる部面を担当するかを明確に自覚し、自我功利の念を棄て、国家奉仕をつとめとした祖先の遺風を今の世に再現し、夫々の分を竭くすことを以つてこれが実践の要諦とする。