蒲田駅
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以下の3路線が乗り入れている。JR東日本と東急の2社が乗り入れ、両社間の接続駅となっている。
歴史
年表

- 1904年(明治37年)4月11日:国鉄東海道本線の駅が開設[1][2][注釈 1]。
- 1914年(大正3年)
- 1915年(大正4年)
- 1922年(大正11年)10月6日:池上電気鉄道線(現・東急池上線)当駅 - 池上駅間開通[4]。乗降分離形の相対式2面2線で国鉄蒲田駅に対して直角方向に設置される[5][4]。
- 1923年(大正12年)11月1日:目黒蒲田電鉄目蒲線(現・東急多摩川線)当駅 - 沼部駅間開通[2][6]。国鉄蒲田駅に南から沿う形で池上線との間に片面ホームを切欠きにした1面2線で駅が設置される[5][2][4]。
- 1927年(昭和2年):池上線蒲田駅が移転、1面1線で目蒲線蒲田駅と向かい合わせに並行する形となる[5][4]。
- 1934年(昭和10年)10月頃:目黒蒲田電鉄が池上電気鉄道を吸収合併、池上線から目蒲線への連絡線(簡易渡り線)が設置される[4]。ただし、簡易式渡り線で、車両移動時のみ設置した[5]。
- 1940年(昭和15年)5月:利用者増加に伴い、池上線が頭端式ホーム2面2線で国鉄蒲田駅と直角方向となる位置に移転する(目蒲線とは分離)[7][4]。目蒲線蒲田駅はホーム幅員が3倍に拡幅され、島式ホーム1面2線となる[5][4][注釈 2]。池上線と目蒲線を結ぶ簡易渡り線は廃止され、車両の移動は不可能となった[5]。
- 1945年(昭和20年)

国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成
- 1962年(昭和37年)
- 1966年(昭和41年)5月:東急蒲田駅高架化工事と蒲田東急ビル(→東急プラザ蒲田)建設工事着工[7]。
- 1967年(昭和42年)10月29日:東急蒲田駅北側半分が高架化[13]。目蒲線は単線運転区間が解消され、全線が複線となる[13]。
- 1968年(昭和43年)
- 1969年(昭和44年)11月16日:角材や鉄パイプを持った学生が駅ホームで佐藤栄作首相の訪米阻止を訴えるデモを行った後、東口広場で機動隊に火炎瓶を投擲する騒ぎを起こした[15]。
- 1970年(昭和45年)4月26日:西口駅ビル「サンカマタ」開業[16][広報 1]。
- 1971年(昭和46年)5月23日:旅行センター開設[17]。
- 1976年(昭和51年)2月14日:国鉄駅での貨物取扱廃止[1]。
- 1979年(昭和54年)11月16日:国鉄駅東口駅ビルをリニューアルし、「パリオ」として開業[18]。
- 1986年(昭和61年)11月1日:国鉄駅での荷物扱い廃止[1]。
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、国鉄の駅は東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[1]。
- 1991年(平成3年)10月29日:JR東日本の駅に自動改札機新設、使用開始[19]。
- 2000年(平成12年)8月6日:目蒲線が東急多摩川線と目黒線に分割、当駅は池上線と東急多摩川線の駅となる[広報 2][広報 3]。
- 2001年(平成13年)11月18日:JR東日本でICカード「Suica」が利用可能となる[広報 4]。
- 2007年(平成19年)3月18日:東急電鉄でICカード「PASMO」が利用可能となる[広報 5]。
- 2008年(平成20年)4月16日:パリオとサンカマタが統合。同時に駅ビル「グランデュオ蒲田」開業[広報 1]。
- 2012年(平成24年)3月17日:池上線、東急多摩川線のホームにあった駅売店「toks」閉店。
- 2019年(令和元年)

- 2021年(令和3年)4月30日:東急電鉄定期券売り場営業終了[広報 7]。
- 2026年(令和8年)度:JR東日本の2・3番線(京浜東北線の中線)ホームでスマートホームドアの使用を開始(予定)[21]。
駅名の由来
駅構造
利用状況
駅周辺


官公庁が集まる大田区の行政の中心地であるとともに、区南部(旧蒲田区)を代表する繁華街である。駅の両側に大型店(駅ビル)や商店街が形成されている。羽田空港の玄関口である京急蒲田駅との間にはホテルも多い。
タクシー乗り場は東口、西口双方にある。京浜急行電鉄の京急蒲田駅は東に800メートル程度離れた場所に立地する。当駅から京急蒲田駅を経由するバスに乗車する際に、同駅で降車する旨を運転士に申告すると、現金に限り運賃が100円となる。
東口側の駅前ロータリー中央部には、新島本村(現:新島村)から寄贈されたモヤイ像が設置されている(著名な渋谷駅前のモヤイ像とは顔が異なる)。
駅東口側
- 大田区役所
- 大田区役所 蒲田地域庁舎・蒲田東特別出張所
- 大田区保健所
- 大田区消費者生活センター
- 大田区社会福祉センター
- キッズな蒲田(子育て支援施設)
- アロマスクエア
- 大田区民ホール・アプリコ
- アロマスクエア郵便局
- 徳島大正銀行 蒲田支店
- 蒲田郵便局
- ゆうちょ銀行 蒲田店
- 区役所前本通り:2000年、手づくり郷土賞受賞[25]
- 蒲田一郵便局
- 大田労働基準監督署
- 蒲田警察署
- 蒲田税務署
- 日本年金機構 大田年金事務所
- 蒲田公証役場
- メガネドラッグ 本店
- 大田区立新宿小学校
- 大田区立蒲田小学校
- 大田区立蒲田中学校
- 東京都立蒲田高等学校
- みずほ銀行 蒲田支店
- 三菱UFJ銀行 蒲田支店・蒲田駅前支店
- 横浜銀行 蒲田支店
- 阿波銀行 蒲田支店
- 中央労働金庫 蒲田支店
駅西口側
- 大田区役所 蒲田西特別出張所
- 蒲田駅前郵便局
- 東京消防庁矢口消防署西蒲田出張所
- 東京工科大学 蒲田キャンパス
- 日本工学院専門学校
- ドン・キホーテ 蒲田駅前店
駅南口側
- JR東日本大田運輸区(車両無配置区)
- ユザワヤ 蒲田店
- ラヴィ
- ラヴィドライビングスクール蒲田
- ラヴィセントラルフィットネスクラブ蒲田
- 富士通ソリューションスクエア
- 東京実業高等学校
- 大田区立御園中学校
- 牧田総合病院(蒲田本院)
- 東京都道311号環状八号線
- 東横INN本社
- 新蒲田一丁目複合施設「カムカム新蒲田」
駅ビル
2008年(平成20年)4月16日に「グランデュオ蒲田」として開業した[広報 1]。JR側の駅ビルは、2007年(平成19年)3月末まで蒲田ステーションビル株式会社(1963年(昭和38年)2月11日会社設立、2007年(平成19年)4月ジェイアール東日本商業開発株式会社に合併される[広報 1])が運営していた。東口側に1962年(昭和37年)開業の「パリオ」が、西口側には1970年(昭和45年)開業の「サンカマタ」がそれぞれ営業していた[広報 1]。双方とも老朽化・陳腐化が激しくなり、バリアフリーの対応についても不充分であったため、JR蒲田駅改修に併せ、2007年8月1日から全館一斉休業して、両館を統合させると共に、大規模改修工事に着手した。
西口の東急側には東急プラザ 蒲田がある。一部フロアはグランデュオ蒲田西館と接続しており、行き来が可能である。
バス路線
東口
東口発着の路線バスは、共同運行路線(川崎・蒲田 - TDR線)を除き、全て京浜急行バスが運行している。なお、毎年8月に開催される大連合蒲田祭では東口一帯が交通規制されるため、バス乗降場と運行経路が変更となる。以前は蒲田祭開催時の他、毎週日曜日中にも歩行者天国の関係で交通規制があり、バス乗降場と運行経路の変更を伴っていたが、現在は歩行者天国は実施されていない。
以前は、川崎市に所在したいすゞ自動車川崎工場への路線バスや川崎競馬場への直行便なども運行されていた。1973年(昭和48年)3月までは、同じく京急グループで川崎市内の路線を担当する川崎鶴見臨港バスも共管で乗り入れていた。
現在、東口発着路線は「蒲35」「蒲36」「蒲67」「森50」系統が京浜急行バス大森営業所、それ以外は全て羽田営業所が運行する。
| のりば | 運行事業者 | 系統・行先 |
|---|---|---|
| 0 | 京浜急行バス |
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| 1 |
| |
| 2 | 森50:大森駅東口 | |
| 3 | ||
| 4 |
| |
| 5 | ||
| 6 | 蒲67:大森東五丁目 |
西口
西口発着の路線バスは全て東急バスが担当している。昭和40年代には川崎市内・横浜市内への、また1984年(昭和59年)2月までは目黒・世田谷両区への直通路線もあったが、現在は大田・品川区内で完結する路線しかない。
現在、当駅を発着する東急バス路線担当は全て池上営業所である。以前は駒沢営業所や荏原営業所、川崎営業所(駒沢と川崎は廃止)、日吉営業所(現・東山田営業所)も乗り入れていた他、蒲15系統は一時期目黒営業所が担当していた時期があった。
| のりば | 運行事業者 | 系統・行先 |
|---|---|---|
| 1 | 東急バス | 蒲01:六郷土手 |
| 2 | 蒲12:田園調布駅 | |
| 3 |

