色好みの風流人として知られ『大和物語』や『今昔物語集』に逸話が残るが、特に宇多院妃の藤原褒子との恋愛が知られる。また、よく通る美しい声をしており、元日の奏賀の声は非常にすばらしく、大極殿から鳥羽の作道までその声が聞こえたという[1]。
『後撰和歌集』(7首)以下の勅撰和歌集に和歌作品20首が入集[2]。『元良親王集』という歌集も後世になって作られた。『小倉百人一首』には元良親王の作として、以下の和歌が採られている。
わびぬれば 今はた同じ 難波なる 身をつくしても 逢はんとぞ思ふ — 小倉百人一首20