はじめ宇多天皇の中宮温子に女房として仕え、藤原仲平・時平兄弟や平貞文と交際の後、宇多天皇の寵愛を受けその皇子を生んだが早世した。その後は宇多天皇の皇子敦慶親王と結婚して中務を生む。宇多天皇の没後、摂津国嶋上郡古曽部の地に庵を結んで隠棲した。
情熱的な恋歌で知られ、『古今和歌集』(22首)以下の勅撰和歌集に176首が入集し、『古今和歌集』・『後撰和歌集』(65首)・『拾遺和歌集』(25首)では女流歌人として最も多く採録されている[3]。また、小倉百人一首にも歌が採られている。家集に『伊勢集』がある。
- 小倉百人一首
- 19番 難波潟 みじかき芦の ふしのまも あはでこの世を 過ぐしてよとや
- 今昔秀歌百撰
- 24番 あひにあひて 物思ふころの わが袖に やどる月さへ ぬるる顔なる ,選者:大口道雄(朝日新聞社友)