虚人たち
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時間
本作には、筒井がそれまで暖めてきた、既存の小説手法に対する挑戦ともいえる、実験的手法がいくつも含まれている。以下はその実験的手法の一部である。通常の小説と違い、本作の場合は、ストーリーよりも実験的手法そのものがテーマである。
本作は厳格に定時法に則って書かれている。通常の小説では、時間の流れは必ずしも一定ではなく、主人公が移動している時間や寝ている時間などの描写は省かれる(不定時法)。本作では時間の流れが描写される時間や、主人公の意識の流れと完全に等質化されている。つまり、原稿用紙1枚が1分間に相当し、主人公がトイレに行っている場面なども省略せずに、経過時間に応じて描写され、主人公が気絶している間はページが真っ白となった。
時間の流れと描写が一致しているため、文体は過去形ではなく現在形である。また、時間が一定に流れていることを表現するため、セリフが入る部分以外は改行がなく、読点もない。
また、本作では、「主人公が現在の意識のまま時間を移動する」ことができる。夢の中で現在の意識を持ったまま幼少時に退行するような時間体験を、小説でも描写しようという試みである。これにより、主人公は事件が収束した後の会社での出来事などを知ることができるが、従来の小説技法に縛られて読むと理解が難しい。
空間
三人称の小説では、作者が「神の視点」を持って出来事を描写するが、本作では主人公が神の視点を持っている。すなわち、あらゆる場所で起こっている出来事を知ることができる(しかし、この能力自体は、主人公の抱える問題の解決にはあまり役立っていない)。
登場人物
本作では、登場人物が自分たちは「小説の中の登場人物」であることを意識している。また、現実の世界には、自分を「脇役」と思っている者はいないことから、本作においても、すべての登場人物はそれぞれのドラマを抱えているフィクション中の主人公であると考えている(自分が脇役であることを頑なに拒否しようとする隣人、誘拐事件が自分の抱えているドラマとは関係がないと無関心を装おうとする大学生の息子など、屈折した人物も登場する)。
本作における本来の主人公である「木村」は、物語を描写する役割を与えられているものの、「作者」ではないため、自分が置かれている設定を(作者から)まったく知らされていない。鏡を覗いて自分が中年の男性であることを知り、玄関の表札を見て自分の名前を知るという調子である。
主人公は、こういう場面であれば登場人物はどのように行動すべきか、相手の出方によって小説的にはどのように反応すべきか、これは作者が張った伏線ではないか、などということをいつも考えながら行動することになる。
事件
小説に描かれるような大事件が二つ、まったくの偶然にして同時に一人の人間に降りかかることは、現実にはありえない。これを小説化しようと試みたのが本作である。これについては筒井も「このような手法のどこに文学的価値があるのか考えていない」としている。
風景
描写される風景自体が、小説のために用意されたものであるため、作者が詳細設定必要なしとして手を抜いている部分について登場人物が発見したりする(家の中にかかっている山水画についての設定が決まっていないため、美しいのか汚れているのかも主人公にはわからず「山水画という字が書かれているだけという可能性さえある」とされているなど)。
また、登場人物それぞれが全員主人公であるのと同様に、風景もそれぞれのドラマを抱えている。たとえば、街中を自動車で走るシーンでは、窓から見える家や店が、ファミリードラマや不倫物などの舞台となっていることがわかるような描写がなされる。