郭阜林
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| 台鋼ホークス #59 | |
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2017年8月18日 | |
| 基本情報 | |
| 国籍 |
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| 出身地 | 台南市 |
| 生年月日 | 1991年1月7日(35歳) |
| 身長 体重 |
181 cm 90 kg |
| 選手情報 | |
| 投球・打席 | 右投右打 |
| ポジション | 三塁手、一塁手 |
| プロ入り | 2010年 アマチュアFA |
| 初出場 | 2015年8月12日 |
| 年俸 | 月給19万台湾元(2026年) |
| 経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
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この表について
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| 郭 阜林 | |
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| 各種表記 | |
| 繁体字: | 郭 阜林 |
| 拼音: | Guō Fùlín |
| 注音符号: | ㄍㄨㄛㄈㄨˋㄌㄧㄣˊ |
| 和名表記: | かく ふりん |
| 発音転記: | グォ・フーリン |
| 英語名: | Kuo Fu-Lin |
郭 阜林(グォ・フーリン、1991年1月7日 - )は、台湾(中華民国)の台南市出身のプロ野球選手(内野手)。右投右打。CPBLの台鋼ホークス所属。
高校時代から野球を始め、台湾体育学院進学後の2010年にニューヨーク・ヤンキースとマイナー契約を結んだ。台湾の野球選手としてヤンキースと契約するのは2000年の王建民以来。
2010年はルーキー級ガルフ・コーストリーグ・ヤンキースでプレー。
2011年もルーキー級ガルフ・コーストリーグでプレー。本職の三塁のほか、レフトや一塁手も経験。オフの10月に開催された第39回IBAFワールドカップのチャイニーズタイペイ代表に選出された。
2012年はA-級スタテンアイランド・ヤンキースに昇格。38試合に出場し、0本塁打12打点0盗塁、打率.250の成績だった。
2013年から外野手登録に変更。A級チャールストン・リバードッグスに昇格。A+級タンパ・ヤンキースでもプレーした。
オフの11月に台湾で行われた「2013 BASEBALL CHALLENGE 日本 VS チャイニーズ・タイペイ」のチャイニーズタイペイ代表に選出された[1]。しかし、12月18日に解雇された[2]。
2014年は台湾に帰国し、アマチュア野球・ポップコーンリーグの全球人壽國訓隊に加入した。
2015年にCPBLのドラフト会議で統一ライオンズから7位指名を受け入団した[3]。
2017年オフの10月11日に2017 アジア プロ野球チャンピオンシップ チャイニーズタイペイ代表に選出された[4]。
2020年6月に飲酒運転を行い罰金3万台湾元、2試合の出場停止を罰せられた[5]。9月5日の中信兄弟戦ではCPBL新記録となる1試合3死球を受けた[6]。最終的には77試合に出場し打率292、16本塁打、63打点でシーズンを終えた。一方、台湾シリーズでは打率.111と苦しんだ[7]。
2021年7月29日に二軍へ降格した。8月8日に一軍再昇格を果たすも、6試合で打率.200に留まり、同月16日に再二軍へ降格した。