金 (姓)
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主要な起源
| 金 | |
|---|---|
| 各種表記 | |
| 繁体字: | 金 |
| 簡体字: | 金 |
| 拼音: | Jīn |
| 注音符号: | ㄐㄧㄣ |
| ラテン字: | Chin |
| 広東語発音: | Gam1 |
| 上海語発音: | Cin1 |
| 台湾語白話字: | Kim |
- 伝説
- 賜姓
- 前漢の武帝の時、匈奴の休屠王の子・日磾らが捕えられ「金」の姓を与えられた。
- 明のとき、モンゴルの王子・也先土幹や、額森図克、阿爾哈特実哩らが降伏し、「金」の姓を与えられた。
- 清の乾隆帝は台湾原住民(高山族)に7つの姓を与えた。その一つが「金」であった。
- 改姓
- 他民族の漢化
- 羌族 - 南北朝時代、羌族の中で金姓を称するものがあった。
- ユダヤ人 - 12世紀初期の北宋徽宗の治世、中国に移住・定着して商業を営んだ。漢姓として金・李・俺・艾・趙・張など17の姓を称した。中国のユダヤ人については、開封のユダヤ人参照。
- 朝鮮民族(朝鮮族)、満洲族 は別項参照。
歴史
紀元前121年春、漢の武帝は霍去病に命じて隴西を攻めさせ、匈奴の休屠王が天を祀る儀式に用いていた像「祭天金人」を手に入れた。同年秋、休屠王の太子日磾は渾邪王とともに漢に降伏した。武帝は日磾を寵愛し、休屠王の「祭天金人」にちなんで「金」を姓として与えた。金日磾は漢の重臣となる。金日磾と弟の金倫の末裔は「金」を姓とした。金日磾の一族は武帝より七世にわたって内侍を務め、張湯の末裔とともに「金張」と並び称されて功臣世族の代名詞となった。
魏晋南北朝時代から隋唐にかけての貴族の時代、金氏の郡望(豪族として基盤を有する土地、のちに同じ祖先を戴く氏族集団の発祥地を示す)は彭城郡や京兆尹であった。
南北朝時代、金氏の中には現在の甘粛省に移る者がいた。北斉の大都督金祚は安定(現在の甘粛省涇川県)の人である。唐の貞観年間、益州蜀郡(現在の四川省成都市)の「三姓」の一つが金氏であり、汾州西河郡(現在の山西省臨汾市)の「四姓」の一つが金氏であった。
五代十国の一つである呉越では、初代皇帝銭鏐の諱である鏐(りゅう)と同音であることを避け、国内の劉姓の人(項伯の末裔)はみな「金」に改姓した。「劉」の字の頭の「卯」と旁を取り除いたものである。
宋から明の時代、金氏は南方では現在の浙江・江蘇一帯に発展し、現在の江西・安徽・湖南・湖北・福建・広東などに広がった。北方では、河南・河北・遼寧などの地域で金氏が集住する拠点があった。清朝の嘉慶年間より、閩・粤の金氏の中には台湾に移る者があり、またさらに海外(シンガポールなど)へと移住する者があった。
現代の台湾において、金姓の人口は第90位と多くはないが、台湾各地に暮らしている。大陸の金氏の台湾への移住は清代にはじまっているが、史料によればその出身地は時代によって変遷がある。山東に起源を持つ金氏は、まずは安徽・江蘇・浙江などに移住したのち福建・広東に至り、その後福建省を経て台湾に移っている。最初期に台湾に移った金氏は、清の嘉慶年間の金寿老で、台湾の金氏の始祖と見なされている。
著名な人物
- 歴史上の人物
- 金日磾 - 前漢の重臣。匈奴出身で「金」の賜姓を受ける。
- 金旋 - 後漢末期の武将。金日磾の子孫。
- 金禕 - 後漢末期の政治家。金旋の子。
- 金文剛 - 宋代の学者。
- 金履祥 - 元の学者。劉姓より改姓。
- 金鑾 - 明の散曲家。
- 金聖嘆 - 明末清初の文学批評家。張姓より改姓。
- 金農 (書画家) - 清代の書画家。
- 金之俊 - 清代の政治家。
- 金侃 - 清代の画家。
- 金榜 - 清代の学者。
- 金樹仁 - 中華民国期の政治家。新疆を支配した。
- 現代の人物
作家の金庸はペンネームで、本名は査良鏞。
- 架空の人物