鉄鐸
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古語拾遺
伝世品
伝世品は長野県に限定して見られる。他には『神社覈録』の伊豆国那賀郡式内社箕勾神社に「大小ノ鐸二」との記述がある[4]。
諏訪大社上社
諏訪大社上社所蔵。「さなぎの鈴」「御宝鈴」と呼ばれる。6個を1組として3組が伝わる。長さは14~20cm[5]。
正平11年(1356年)の『諏訪大明神画詞』では大御立座神事(おおみたてましのしんじ、現在の御頭祭、酉の祭)に際し、「御宝」(大鈴の如きものと説明されている)として用いられている[7]。
戦国時代には土地の争いに関する誓約・誓詞の成立に際し鳴らされ、礼銭が支払われた。『神氏御頭日記』に天文4年(1535年)に武田信虎と碧雲斎との間で和議が成立し、甲信国境の堺川で御宝鈴を鳴らした記述がある[8]。
諏訪大社神長官守矢氏鐸
諏訪大社神長官守矢氏に伝世したもの。6口1組で大きさが揃っており、長さ17.3cm[5]。元来上述の諏訪大社上社鉄鐸も神長官が保管していたため、それらを上社へ移管する際に写しをとったものとも考えられる[9]。
小野神社
塩尻市小野神社に伝来したもの。「神代鉾」と呼ばれ、1m70cmほどの棒の先に鉄製の剣をつけ、これに11口の鉄鐸が結わえられていた。剣の下には下曲りの鉄鈎2個をつけ、麻和幣を多くつける[10]。長さは9~19cmで形状も不揃いであり、諏訪大社上社のものより粗雑な作りとなっている[5]。
現在は鉄鐸の数は12口。「小野神社の鐸鉾」として塩尻市指定有形文化財[11]。
矢彦神社
上述小野神社に隣接する上伊那郡辰野町矢彦神社にも、鉄鈎がないことを除けば同様の形態の鉾が伝わっており、鉄鐸の数は1口だった。他の伝世品の鉄鐸が6口1組であることから、小野神社の鉄鐸から1個を貸すが譲るかされたものとも考えられる[12]。
五社神社
東筑摩郡朝日村の五社神社所蔵。「五社神社鉄鐸と鉄鉾」として朝日村指定有形文化財[13]。
