飯倉大樹
From Wikipedia, the free encyclopedia
| ||||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| 名前 | ||||||
| 愛称 | ヒロキ、ペレ | |||||
| カタカナ | イイクラ ヒロキ | |||||
| ラテン文字 | IIKURA Hiroki | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 |
| |||||
| 生年月日 | 1986年6月1日(39歳) | |||||
| 出身地 | 神奈川県横浜市栄区 | |||||
| 身長 | 181cm | |||||
| 体重 | 75kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム |
| |||||
| ポジション | GK | |||||
| 背番号 | 21 | |||||
| 利き足 | 右足 | |||||
| ユース | ||||||
| 1993-1996 | FCイーグルス(横浜市立本郷小学校) | |||||
| 1997-1998 | 横浜マリノスプライマリー追浜(横浜市立本郷小学校) | |||||
| 1999-2001 | 横浜F・マリノスジュニアユース追浜(横浜市立本郷中学校) | |||||
| 2002-2004 | 横浜F・マリノスユース(藤嶺学園藤沢高等学校) | |||||
| クラブ1 | ||||||
| 年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
| 2005-2019 | 横浜F・マリノス | 225 | (0) | |||
| 2006 | →ロアッソ熊本(loan) | 26 | (0) | |||
| 2019-2022 | ヴィッセル神戸 | 63 | (0) | |||
| 2023- | 横浜F・マリノス | 27 | (0) | |||
|
1. 国内リーグ戦に限る。2026年2月1日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj | ||||||
飯倉 大樹(いいくら ひろき、1986年6月1日 - )は、神奈川県横浜市栄区出身のプロサッカー選手。Jリーグ・横浜F・マリノス所属。ポジションはゴールキーパー(GK)。
横浜F・マリノス
横浜F・マリノスのアカデミー出身。小学生まではフィールドプレイヤーであり、中学生になってからゴールキーパーに転向[1]。内藤友康とはジュニアユース時代のチームメイトで、2人でレギュラーを争っていた。また、2003年NEW!!わかふじ国体の神奈川県選抜でも同じチームで活躍した。
2005年にトップチームに昇格し、2006年に当時JFLに昇格したばかりのロッソ熊本(現・ロアッソ熊本)へ期限付き移籍し、リーグ戦26試合に出場した。2007年に復帰し、第29節の清水エスパルス戦でJリーグデビューを果たしたが、チームは0-2で敗れた。同年はこの1試合の出場に終わり、2008年は公式戦出場がなかった。
しかし、2009年になると徐々に出場機会が増え、ミスも目立ったが中盤戦にかけてスタメンに定着した。カップ戦での退場により(後述)出場停止処分を受けた終盤戦は控えに降格したものの、先輩の榎本哲也とポジション争いを演じて19試合に出場した。2010年は自身初のリーグ戦全試合出場を果たし、榎本から正GKの座を奪った。2011年も度々ファインセーブを見せ、チームの前半戦首位に貢献。しかし、チームは後半戦で失速し結局5位だった。ワールドカップアジア3次予選の予備登録メンバーにも選出された。 2012年も開幕から正GKを務めたが、7試合勝利なし低迷。しかし、第8節のヴィッセル神戸戦で初勝利を上げるとそこから15試合負けなしとチームは一変した。しかし、第23節のセレッソ大阪戦より3連敗し、終盤戦は榎本にポジションを譲った。
2013年は4年ぶりに開幕ベンチスタートとなったが、第3節のジュビロ磐田戦ではベンチからも外れた。4月6日に体調不良を訴えて横浜市内の病院に入院[2]。4月16日、心外膜炎と診断された[3]。9月の天皇杯でベンチ入りメンバーに復帰。結局、2014年までの2年間は公式戦出場なしに終わった。
体調が回復した2015年は榎本からポジションを奪い正GKの座を確保した。2016年も開幕からスタメン出場を続けていたが、5月14日の鹿島アントラーズ戦で前半に負傷し、後半は榎本と交代しピッチを去った。その後は三度榎本にポジションを奪われた。
2017年に榎本が浦和レッズへ移籍したため、開幕戦からスタメンを確保。7シーズンぶりとなる全試合フル出場を果たした。
2018年も2年連続で全試合フル出場を果たしたが、2019年シーズンの第5節のサガン鳥栖戦ではベンチスタートとなり、リーグ戦の連続フル出場は76試合で止まった[4]。その試合以降、新加入の朴一圭にレギュラーを奪われた[5]。
ヴィッセル神戸
7月26日、キム・スンギュが移籍し[6]、GKを探していたヴィッセル神戸への移籍が発表された[7]。移籍発表2日後の7月28日に行われたマンチェスター・シティFC戦の後半30分から出場し、それがマリノスでのラストマッチとなった[8]。8月2日に行われたガンバ大阪戦で移籍後初出場を果たした[9]。その後もレギュラーとして活躍し、チーム初タイトルとなる天皇杯優勝にも貢献した。
2020年2月8日、FUJI XEROX SUPER CUPの横浜FM戦では、古巣相手にPK戦で2本ストップして優勝に貢献した[10]。シーズンでも開幕からレギュラーを務めていたが、ルヴァンカップの川崎戦で6失点を喫し、その試合以降は前川黛也にポジションを譲った。前川とポジションを争いながらも出場を続けたが、ACLなどの大一番では前川が起用され、控えに回った。
2021シーズンは怪我で離脱し、しばらく試合から遠ざかっていたが、ルヴァンカップ第3節・徳島ヴォルティス戦で昨年12月以来約5ヶ月ぶりのベンチ入りを果たすと、同じくルヴァンカップ第4節・大分トリニータ戦で同年公式戦初出場を果たした。以降はしばらくカップ戦での起用がメインだったが、前川が負傷で離脱するとポジションを奪取。以降はレギュラーに定着した。
2022年シーズンは怪我で出遅れたものの、J1第3節サンフレッチェ広島戦でシーズン初出場。4月に就任したロティーナ体制では控えに回る事が多くなった。7月に就任した吉田体制ではスタメンに復帰。その後はスタメンを飾る時期もあれば怪我で離脱する等、レギュラーを完全に奪いきるまでには至らなかった。シーズン終了後の11月9日にクラブから契約満了が発表された[11]。
横浜F・マリノス復帰
2023年2月9日、横浜F・マリノスへ完全移籍で加入することが発表された[12]。3年半ぶりの復帰となる[13]。
2024シーズンは、新加入のポープ・ウィリアム、白坂楓馬に次ぐ第3GKとしてスタートしたが、ポープの相次ぐ負傷や、白坂のパフォーマンスが安定しなかったこともあり、シーズン途中からベテランの飯倉が再び正GKに抜擢され[14][15]、シーズン通してリーグ戦12試合に出場した。
エピソード
- 2009年6月28日のJ1リーグ第15節ガンバ大阪戦(横浜国際総合競技場)で、ボールがラインを割ってコーナーキックになることを阻止しようとしてピッチ内に戻したボールが橋本英郎の足元に渡ってしまいゴールを許した。試合はこのゴールが決勝ゴールとなり1-2で逆転負けした。
- 9月6日、ヤマザキナビスコカップ準決勝2ndlegの川崎フロンターレ戦で、川崎のジュニーニョの遅延行為(直前に鄭大世のファウルにより、ホイッスルが鳴っているにもかかわらず、プレーを続けようとしていたこと)に対して激高。ジュニーニョを後ろから突き飛ばし退場処分を受けた。その後も抗議して、主審の胸を両手で押した。マリノスはこの時交代枠が無くなっていたために水沼宏太が急遽GKを務めたが、そのジュニーニョに同点ゴールを決められ敗退した。
- このプレーに対して9月11日、Jリーグは公式戦6試合の出場停止処分(J1リーグ戦5試合+天皇杯全日本選手権2回戦+サテライトリーグ1試合)を科した。
- 飯倉の足もとの技術を得意としてボールを持つプレースタイルや神戸のGKから繋ぐスタイルから、積極的なボール運びを見せるシーンが度々ある。そこからチャンスに繋がる場面もあるが、失敗すると失点にも直結してしまうため一部のファンはそのプレースタイルを「飯倉チャレンジ」と称している[16]。
所属クラブ
個人成績
| 国内大会個人成績 | |||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | リーグ | リーグ戦 | リーグ杯 | オープン杯 | 期間通算 | ||||
| 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | 出場 | 得点 | ||||
| 日本 | リーグ戦 | リーグ杯 | 天皇杯 | 期間通算 | |||||||
| 2005 | 横浜FM | 16 | J1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 |
| 2006 | 熊本 | 21 | JFL | 26 | 0 | - | 2 | 0 | 28 | 0 | |
| 2007 | 横浜FM | 31 | J1 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 |
| 2008 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 2009 | 21 | 19 | 0 | 6 | 0 | 2 | 0 | 27 | 0 | ||
| 2010 | 34 | 0 | 5 | 0 | 2 | 0 | 41 | 0 | |||
| 2011 | 33 | 0 | 5 | 0 | 4 | 0 | 42 | 0 | |||
| 2012 | 28 | 0 | 5 | 0 | 3 | 0 | 36 | 0 | |||
| 2013 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 2014 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | |||
| 2015 | 25 | 0 | 2 | 0 | 3 | 0 | 30 | 0 | |||
| 2016 | 12 | 0 | 0 | 0 | 2 | 0 | 14 | 0 | |||
| 2017 | 34 | 0 | 0 | 0 | 4 | 0 | 38 | 0 | |||
| 2018 | 34 | 0 | 10 | 0 | 3 | 0 | 47 | 0 | |||
| 2019 | 5 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 8 | 0 | |||
| 神戸 | 18 | 12 | 0 | - | 5 | 0 | 17 | 0 | |||
| 2020 | 18 | 0 | 1 | 0 | - | 19 | 0 | ||||
| 2021 | 19 | 0 | 3 | 0 | 2 | 0 | 24 | 0 | |||
| 2022 | 14 | 0 | 1 | 0 | 4 | 0 | 19 | 0 | |||
| 2023 | 横浜FM | 21 | 6 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 9 | 0 | |
| 2024 | 12 | 0 | 3 | 0 | 4 | 0 | 19 | 0 | |||
| 2025 | 9 | 0 | 2 | 0 | 0 | 0 | 11 | 0 | |||
| 2026 | J1特別 | - | - | ||||||||
| 通算 | 日本 | J1 | 300 | 0 | 44 | 0 | 38 | 0 | 382 | 0 | |
| 日本 | J1特別 | - | - | ||||||||
| 日本 | JFL | 26 | 0 | - | 2 | 0 | 28 | 0 | |||
| 総通算 | 326 | 0 | 44 | 0 | 40 | 0 | 410 | 0 | |||
その他の公式戦
- 2020年
- FUJI XEROX SUPER CUP 1試合0得点
| 国際大会個人成績 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 年度 | クラブ | 背番号 | 出場 | 得点 |
| AFC | ACL | |||
| 2005 | 横浜FM | 16 | 0 | 0 |
| 2014 | 21 | 0 | 0 | |
| 2020 | 神戸 | 18 | 2[注釈 1] | 0 |
| 2022 | 0 | 0 | ||
| 2023-24 | 横浜FM | 21 | 1 | 0 |
| 通算 | AFC | 3 | 0 | |
- その他の国際公式戦
タイトル
- 横浜F・マリノスジュニアユース追浜
- 高円宮杯全日本ユースサッカー選手権 (U-15)大会 (2001年)
- 神奈川県選抜
- NEW!!わかふじ国体(2003年)
- 横浜F・マリノス
- 天皇杯 JFA 全日本サッカー選手権大会:1回 (2013年)
- FUJIFILM SUPER CUP:1回(2023年)
- ヴィッセル神戸
代表歴
- 2001年 U-15日本代表