CatSper

精子に存在するカルシウムチャネル From Wikipedia, the free encyclopedia

CatSper英語: Cation channels of sperm)は、精子の尾部に存在するカルシウムを通過させるイオンチャネルである。カルシウムイオンCa2+を精子に流入させることで精子の鞭毛運動を活発にさせるために重要である。CatSperチャネルの一部を欠失しても生存には影響を与えないが、男性不妊を引き起こすという特徴がある。

発見

CatSperチャネルはDejian Renらによって2001年に電位依存性カルシウムチャネル相同精巣にのみ存在するDNA断片(EST)にコードされるタンパク質として発見された。発見された論文の時点で遺伝子ノックアウトの実験が行われており、男性不妊に関連することが分かっていた[1]。このチャネルは現在CATSPER1遺伝子として知られている[2]。同時期にTimothy A. QuillらによってCATSPER2も発見された[注 1][2][3]。2003年にはAnna LobleyらがCATSPER2に類似する遺伝子を捜索し、CATSPER3とCATSPER4を発見した[4]

構造

αサブユニット

CatSperチャネルのイオンチャネルとての機能を発揮するのはαサブユニットであり、αサブユニットタンパク質をコードする遺伝子にはCATSPER1~4までの4種類が存在する。いずれもC末端側にコイルドコイル構造を有しており[5]、6回膜を貫通する[6]。通常の電位依存性カルシウムチャネルは6回膜を貫通した部分が4回連なった計24回膜貫通のタンパク質1つでチャネルを形成するため、その点で異なる[6]。6回膜を貫通する各セグメントの内、N末端側4つ(S1-S4)が電位センサードメイン(VSD)、C末端側2つ(S5-S6)がポアドメイン(PD)であることは典型的な電位依存性イオンチャネルと同様である。各CATSPER1~4サブユニットは電位依存性カリウムチャネルに見られるdomain-swapped構造を形成している[7]

CatSperチャネルにも存在するコイルドコイル構造は一般的に他のタンパク質と相互作用する上で重要な構造であるが、CatSperチャネルにおいてはヘテロ四量体を形成するために役立っていると考えられた。これは各遺伝子を一つでもノックアウトすると不妊になるという事実から4種類の遺伝子でコードされるタンパク質が1種類ずつ合計4つ集まることで一つのチャネルを形成するのではないかと考えられたためである[5]

構造解析で明らかにされたCatSperチャネル複合体の構造。各サブユニットごとに色付けをしているが、種類が豊富であるがゆえにこの構造解析の図のみからどのサブユニットかを判断するのは難しい。

その後の技術の進展によりクライオ電顕による構造解析が行えるようになるとマウスCatSperチャネル複合体の構造もShiyi Lin(中文表記: 林世翼[8])らにより明らかにされた。ノックアウトを元にした実験の予想は的中し、CatSperチャネルのイオンチャネルとしての機能を発揮するαサブユニットはCATSPER1~4の4種類が1つずつチャネルを構成していたことが明らかになった[9]

CatSperチャネルはCa2+チャネルとして機能するが、イオン選択性を決定づける選択性フィルターは電位依存性カルシウムチャネルのCav1.1と類似する。Cav1.1ではT-X-E-X-Wという配置になっており、CATSPER1~4ではT-X-D-X-Wとなっている[注 2][7]

関連するタンパク質

CatSperチャネルにはαサブユニット以外にいくつか補助サブユニットが発見されている。主のチャネルのポアを形成するタンパク質をαサブユニットと呼ぶのに対し、補助サブユニットには1回膜を貫通するβサブユニット[注 3]、γサブユニット、δサブユニット、εサブユニットの4つと膜は貫通しないζサブユニット、EFCAB9の2つがある[11]。これらの補助サブユニット以外にも様々な関連するタンパク質が発見されてきている。

β~εサブユニット

1回膜を貫通する方はCatSperチャネルと実際に複合体を形成していることからβ・γ・δサブユニットが発見されたが、εサブユニットはδサブユニットに配列が近いタンパク質として発見された[11]。これらの4つのサブユニットは減数分裂後に発現することで最終的な精子におけるCatSperの複合体を形成するのに必要であると考えられている[11]。これらのサブユニットは「補助」サブユニットに区分されるものの、CatSperδサブユニットを欠失させたマウスにおいても不妊がみられたことから必須のサブユニットではないかとも考えられている[11]

構造解析により、これらのβ~εサブユニットもαサブユニットと同時に複合体の一つとして構造が明らかにされた。β・γ・δ・εサブユニットはαサブユニットを覆うように細胞外にタンパク質の大部分を突出させて存在することも分かった[9]。β・γ・δ・εの位置関係はそれぞれCATSPER4、CATSPER1、CATSPER2、CATSPER3と相互作用するように配置されている[12]

これらのβ~εサブユニットはN末端側からN末端ドメイン、7枚の羽根状構造で形成されるβプロペラドメイン免疫グロブリン様ドメイン、ステムドメイン、膜貫通ドメインの順に構成される。なお、δサブユニットにはN末端ドメインが存在せず、βサブユニットには更にヘッドドメインという領域が存在する。これらのうち、ステムドメインと膜貫通ドメインがチャネルの機能に関わっていると考えられている[13]

ζサブユニット・EFCAB9

膜を貫通しない方は細胞質に存在する。ζサブユニットやEFCAB9は欠失させても不妊には至らないが、生殖能力が低下することがノックアウトによる実験から示されている。これら2つのサブユニットを欠失した精子においても、しっかりCatSperによる電流が観測されることからCatSperは機能している。ゆえにこれらの細胞質に存在する非膜貫通型の補助サブユニットはチャネルの活性や密度を調節するものであると考えられている[14]。この2サブユニットはpH依存性のCa2+センサーとして働く[14]

その他のタンパク質

補助サブユニット以外に関連するタンパク質としてCATSPERτがある。CATSPERτは細胞膜への輸送(メンブレントラフィック)に関わる細胞内タンパク質であり、ζサブユニットやEFCAB9の欠失では不妊に至らない一方、CATSPERτの変異や欠失は不妊を起こす。これは鞭毛の細胞膜までαサブユニットを含め様々なCatSperチャネル構成タンパク質が輸送されないことにより起こると考えられている[15]

これら以外にマウスCatSperチャネルの構造解析により、CatSper複合体を形成しうる新たなタンパク質も発見された。

一つ目はSLCO6C1という有機陰イオンの膜輸送体である。SLCO6C1は12回膜を貫通しており、それぞれTM1~TM12と呼ぶ。N末端側のTM1~TM6がNドメイン、C末端側のTM7~TM12がCドメインと呼ばれ、TM9とTM10の間に細胞外に突出したカザルドメイン英語版がある[16]。SLCO6C1はCATSPER2・CATSPERεの付近に存在するが、ヒトには類縁のSLCO6A1は存在しているもののSLCO6C1が存在しないので、マウスでのみCatSperチャネル複合体に加わっている可能性もある[17]

更に3つCatSper複合体を形成するタンパク質も発見されている。一つは名称がまだ無いが、残り2つはTMEM262(CATSPERη)、TMEM249(CATSPERθ)と呼ばれており、3つとも全てCATSPER4・CATSPERβの付近に存在する。その生理学的な重要性はあまりよく分かっていない[18]。CATSPERθに関してはCatSperチャネル複合体が精子の尾部へ移動するために必要であり、欠失させると不妊になるほど重要であることが報告されている[19]

機能

生理的機能

CatSperチャネルは主に精子に発現して機能している。精子の運動性を調節するためにはカリウムチャネルナトリウムチャネルクロライドチャネルオピオイド受容体プロゲステロンヒアルロン酸といった様々な因子が必要である。その中の一つにカルシウムチャネルがあり、カルシウムチャネルとして働くタンパク質の一つがCatSperである[20]。CatSperチャネルは精子の中では鞭毛の部分にほぼ相当する尾部の細胞膜に主に存在している[2][6]

精子女性器に入ると様々な過程を経て受精能獲得に至る。受精能獲得に至った精子は超活性化英語: hyperactivation)といって、精子の鞭毛運動が活発になる[21]。超活性化のためにはカルシウムイオンCa2+の精子内への流入が重要であると考えられており、超活性化していない精子よりも超活性化している精子の方が細胞内Ca2+濃度が高いことが示されている[21]。多くの電位依存性カルシウムチャネルを欠失させた変異体ではそもそも生存するのが難しいか、欠失させても受精能力は維持する。しかし、CatSperチャネルを欠失させると生存の点では正常であるものの不妊となり、精子の正常な運動に必須であることが示唆される[2]

ヒトの精子においてはプロゲステロンが精子の走化性のために重要であると考えられている。CatSperは通常時は2-アラキドノイルグリセロールという内因性カンナビノイドによって阻害されており、プロゲステロンが存在するとABHD2英語版の働きで2-アラキドノイルグリセロールが分解され、CatSperが働けるようになる[22]。このような機序により、精子がプロゲステロンにさらされると一過性にCa2+濃度が上昇する。これによってCa2+濃度が高くなったり低くなったりするカルシウム振動(英語: calcium oscillation)という現象が起こり、精子の鞭毛の波打つような運動を制御していると考えられている[23]。プロゲステロンと同様にプロスタグランジンPGE1英語版PGE2にも機序はおそらく異なるが同様の効果があると報告されており、相乗的に働くと考えられている[22]。なお、ネズミ科の動物においてはこれらの現象は確認されていない[24]

CatSperチャネルの働きとして精子の運動性以外に、先体反応にも関わっているといわれている。ただし、実験によって先体反応に必要であることを支持する結果と反対の結果がどちらもあり、その役割についてはよく分かっていない[22]

CatSperチャネルによるCa2+流入のためには細胞外のpHが変化していくことが重要である。細胞外が酸性環境であるとき、CatSperチャネルは閉鎖しており、Ca2+濃度にかかわらず、CatSperを介して細胞内にCa2+を流入することができない。しかし、pHが上昇してアルカリ性環境となると、CatSperチャネルは開口できるようになる。このときの開口しやすさは他のCa2+チャネルの存在によって影響されうる[25]。pHがアルカリ性環境となったときに重要な役割を果たすのが電位依存性プロトンチャネルHv1である。Hv1は細胞内外のpH差によって活性化されるかが変化し、細胞外の方がアルカリ性である方が活性化されやすい[26]。Hv1は精液として放出される間は精液中に含まれるZn2+により阻害されているが、女性器に入るとその阻害から解放されるうえに細胞外がアルカリ性環境のもとで活性化されて細胞内アルカリ化に至り、CatSperと共同して超活性化を引き起こす[注 4][27]

分子的機能

生理的にはCatSperチャネルは主にカルシウムチャネルとして働くが、他のイオンも透過させることができる。その例としてCa2+の無い溶液条件下で測定したところ、ナトリウムイオンNa+セシウムイオンCs+バリウムイオンBa2+を通したとの報告がある[6]

また、CatSperチャネルは分子的には電位依存性イオンチャネルに類似する構造であるため、カルシウムチャネルよりは電位変化への感受性が少ないながらも電位依存性という性質を示す。電位依存性イオンチャネルが電位依存性という性質を顕現するのはS4に存在するアルギニンのような正荷電アミノ酸(塩基性アミノ酸)があるためであり、CATSPER1~4にも同様にS4にアルギニン残基が存在する。CATSPER1では7個存在するため通常の電位依存性イオンチャネルと同程度であるが、CATSPER2には4個、CATSPER3・CATSPER4には2個と少なくなっているために電位依存性が低くなっていると考えられる[7]

2025年の研究によりCatSperは温度感受性を有することも示された。CatSperチャネルの温度係数Q10英語版を調べたところ、温度感受性がないチャネルは1.5程度である一方CatSperでは38~40℃付近で5にも達することが明らかになった[28]。このような温度感受性は細胞内環境が酸性であるときにも存在するが減弱しており、精巣上体のような比較的酸性環境ではやや抑制されている[28]

分子系統学

CatSperチャネルは多くの真核生物に存在しており、鞭毛が1本の生物(ユニコント)でも2本の生物(バイコンタ)でもみられることから、共通の祖先において既に存在していたと思われる。ただし、カエル軟体動物昆虫蠕虫などには存在せず、別のCa2+チャネルがCatSperのような役割を担っていると考えられている[29]

多くの種でCatSperチャネルが発見されているものの、ヒトとマウスでは相同性が低いことが報告されている[10]。例えば、CATSPER1~4においては、CATSPER1は50%、CATSPER2は62%、CATSPERは66%、CATSPER4は69%、とそこまで保存されていない[30]

臨床応用

CatSperは男性側の受精能に関わる決定的な因子でありながら精巣で作られる精子にのみ局在することから、ホルモンに影響を及ぼしにくい避妊薬として活用できる可能性が期待されている[31]。しかしながら、CatSperを特異的に遮断する阻害剤が2023年時点で見つかっていない。研究の際にCatSperチャネルを阻害する薬剤として使用されるのも非選択的なカルシウム拮抗剤であるミベフラジル英語版である[31]

研究上の課題

CatSperは通常のイオンチャネル研究を行う上では困難な課題があるためにその機能の全貌が解明されていない。その原因の一つとして、CatSper複合体を構成するサブユニットが多すぎるために培養細胞などで異種発現することができていないことが挙げられる[27]。多数のタンパク質から構成されると、別の細胞に再構成してパッチクランプ法で電流を測定する、ということが困難になる。そのため、パッチクランプ法は精子の中片部に存在する細胞質滴(英語: cytoplasmic droplet)というやや膨らんだ領域で行うしかない[32]

脚注

  1. Dejian RenもTimothy A. Quillも発見当時はテキサス大学サウスウェスタンメディカルセンターの研究者であり、所属も同じであった。CATSPER2の論文の方にはRenも共著者として含まれている。
  2. Tはスレオニン、Eはグルタミン酸、Wはトリプトファン、Dはアスパラギン酸、Xは特にアミノ酸の指定なし。
  3. βサブッユニットに関しては当初は2回膜貫通であると予想されていたようである[10]
  4. Hv1は細胞外にH+を排出するので一見細胞外が酸性になるとも考えられるが、局所的に酸性化するだけであり、細胞外はアルカリ性のままと考えて良い。

出典

参考文献

関連項目

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