I級駆逐艦 (2代)
From Wikipedia, the free encyclopedia
| I級駆逐艦 | |
|---|---|
|
| |
| 基本情報 | |
| 種別 | 駆逐艦 |
| 運用者 |
|
| 就役期間 | 1937年 - 1947年 |
| 前級 | H級 |
| 準同型艦 |
|
| 次級 | トライバル級 |
| 要目 | |
| 基準排水量 |
1,370トン 1,530トン (嚮導艦) |
| 全長 |
97.54 m 101.8 m (嚮導艦) |
| 最大幅 |
10.06 m 10.36 m (嚮導艦) |
| 吃水 |
2.59 m 2.64 m (嚮導艦) |
| ボイラー | 水管ボイラー×3缶 |
| 主機 | 蒸気タービン×2基 |
| 推進器 | スクリュープロペラ×2軸 |
| 出力 |
34,000馬力 38,000馬力 (嚮導艦) |
| 速力 |
36.0ノット 36.5ノット (嚮導艦) |
| 航続距離 | 4,800海里 (15kt巡航時) |
| 燃料 | 重油470トン |
| 乗員 |
145名 178名 (嚮導艦) |
| 兵装 |
・45口径12cm砲×4門 (嚮導艦では5門) ・62口径12.7mm機銃×8門 ・53.3cm5連装魚雷発射管×2基 ・爆雷投射機×2基 ・爆雷×20発 |
| ソナー | 124型 |
I級駆逐艦(英語: I-class destroyer)は、イギリス海軍の駆逐艦の艦級。G・H級をもとに水雷兵器を強化した駆逐艦として、1935-6年度で9隻が建造された。またトルコ海軍もこれに準じた設計で4隻を建造しており、このうち2隻は第二次世界大戦の勃発に伴ってイギリス海軍に編入された[1][2]。イントレピッドをネームシップとして、イントレピッド級(Intrepid-class)と称することもある[3]。
イギリス海軍は1924-5年度より駆逐艦の建造を再開し、まず第一次世界大戦の戦訓や新しい技術を盛り込んだプロトタイプとしてアマゾンとアンバスケイドを建造したのち、1927-8年度で量産型としてA級、続く1928-9年度で小改正型のB級が建造された。また1929-30年度では大型化して燃料の搭載量増加を図ったC級、1930-1年度では対潜戦能力を強化したD級が建造された[4]。
C・D級は好評であり、1931-2年度では艦砲を改良したE級、1932-3年度では水雷兵器を更新したF級と、順次に拡大強化を重ねていった。しかしロンドン海軍軍縮条約の制約から駆逐艦の艦型抑制が求められたことから、1933-4年度の建造艦は、機関部の設計変更によって艦型の圧縮を図ったG級に移行し、続く1934-5年度も、その小改正型であるH級が建造された。そして1935-6年度では、G・H級をもとに水雷兵器を強化した艦が建造されることとなった。これが本級である[3]。
設計
装備
艦砲は、H級と同様、45口径12cm砲(QF 4.7インチ砲Mk.IX)4門をCP Mk.XVIII砲架と組み合わせて、仰角40度の両用砲として搭載した[6]。搭載弾薬の4分の1にあたる200発を高角砲弾とするとともに[1]、対空射撃用の射撃指揮装置を搭載して、両用砲としての性格を更に強める計画であったが、後者は実現しなかった。また従来の艦級と同様、嚮導艦のイングルフィールドでは5門の搭載となった。なお対空兵器はG・H級と同じく、4連装12.7mm機銃を採用した[1][2]。
一方、水雷兵器としては従来艦が4連装21インチ魚雷発射管を搭載していたのに対し、本級では5連装が搭載された。これは1933年の演習により、特に夜襲においては、多数艦による攻撃では特定目標に対して攻撃が過度に集中することが判明し、所要隻数を減らすため個艦あたりの射線数を増やすことが求められたためで、G級グローウォームで試験が行われていたものであった。搭載魚雷はF級以来のMk.IX魚雷とされた[1]。また対潜戦用としてASDIC(アクティブ・ソナー)と対潜爆雷投射機、対機雷戦用として2速駆逐艦掃海具(TSDS)も併載された[3]。
その後、第二次世界大戦が勃発すると一部は護衛駆逐艦としての改装を受け、4.7インチ砲1門ないし2門および後部魚雷発射管の撤去をバーターとして、20mm機銃の増設による防空火力の強化やヘッジホッグ対潜迫撃砲の搭載、爆雷搭載数の増加がなされた[2]。また4隻が主砲の半数と発射管を撤去して、高速敷設艦に改造されている[1]。