R級駆逐艦 (初代)

From Wikipedia, the free encyclopedia

種別 駆逐艦
就役期間 1913年 - 1947年
準同型艦 アドミラルティR級
アドミラルティ改R級
ソーニクロフトR級
ヤーロウ後期M級
R級駆逐艦
基本情報
種別 駆逐艦
運用者  イギリス海軍
 タイ海軍
就役期間 1913年 - 1947年
準同型艦 アドミラルティR級
アドミラルティ改R級
ソーニクロフトR級
ヤーロウ後期M級
前級 アドミラルティM級
ホーソンM級
ヤーロウM級
ソーニクロフトM級
次級 V級・W級
要目 (アドミラルティ型)
常備排水量 1,040トン
全長 84.1 m
最大幅 8.1 m
吃水 2.7 m
ボイラー 水管ボイラー×3缶
主機 蒸気タービン×2基
推進 スクリュープロペラ×2軸
出力 27,000馬力
速力 36.0ノット
航続距離 3,000海里 (15kt巡航時)
燃料 重油296トン
乗員 82名
兵装40口径10.2cm砲×3門
39口径40mm機銃×1門
・53.3cm連装魚雷発射管×2基
テンプレートを表示

R級駆逐艦英語: R-class destroyer)は、イギリス海軍駆逐艦の艦級[1][2]。基本となるアドミラルティR級と、特型としてのソーニクロフトR級、改良型としてのアドミラルティ改R級がある[1]。またヤーロウ後期M級も本級に含められる場合もある[2]

最初期の水雷艇駆逐艦はレシプロ蒸気機関を搭載していたが、早々に性能的な限界を露呈したことから、1897年度の「ヴァイパー」などで直結タービンを試験採用したのち、1905年度のF級より本格採用した。しかしこちらも出力の伝達効率などに限界があり、歯車減速機の採用が指向された[3]

まず1910年度のI級パーソンズ特型でセミ・ギヤード・タービンが試験的に搭載されたのち、1913年度のL級パーソンズ特型でオール・ギヤード・タービンが採用された[3]。そしてその実績を踏まえて、1915年7月、海軍本部は、以降の駆逐艦はすべてオール・ギヤード・タービンの2軸推進艦とすることを決定した。これを受けて、初のオール・ギヤード・タービン量産艦として、1915年度より建造を開始したのが本級である[2]

設計

いずれも基本的な艦容はアドミラルティM級と類似し、船首楼船型に3本煙突となっている(ヤーロウ後期M級は2本煙突)。しかし艦首は傾斜型となり、船首楼甲板は増高、2・3番砲をプラットフォーム上に架して設置するなど、各所に改良が施された。ソーニクロフトR級は、アドミラルティR級よりも排水量がやや小さく、2番煙突の断面が楕円形である。またアドミラルティ改R級では、荒天中でも行動できるよう船体を強化するとともに、艦橋を極力後方に下げた結果、船首楼甲板よりも後方にずれて第1煙突と近くなっている[1]

上記の経緯より、主機としては、パーソンズ式またはブラウン・カーチス式のオール・ギヤード・タービンが採用された。これは、高圧、低圧タービンの両方を歯車減速機を介して推進軸に結合するものであり、エネルギー変換効率が著しく向上したことから、M級と比較して、燃費は18ノットで15パーセント減、25ノットで28パーセント減となり、航続距離は著しく延伸された。ソーニクロフトR級の最終艦「ティーザー」は、1917年7月の海上公試で、34,237馬力、40.44ノットを記録し、イギリス駆逐艦の最高速力となった[3]。なおボイラーはM級と同様で、ヤーロウ式またはホワイト・フォスター式の重油専焼水管ボイラーを3缶搭載した[3]

一方、ヤーロウ後期M級は、諸元・性能的にはR級と共通するが、ボイラーはヤーロウ式重油専焼水管ボイラー4缶、主機はパーソンズ式直結タービンによる2軸推進となっている[1]

装備

艦砲は、10.2cm砲を3門搭載するという点ではM級と同様であるが、上記の通り、2・3番砲はプラットフォーム上に架して設置された。また装備砲も、アドミラルティR級とソーニクロフトR級、ヤーロウ後期M級ではL級以来のQF 4インチ砲Mk.IVが搭載されていたが、アドミラルティ改R級では、発射速度を増大し、45口径長に長砲身化するとともに仰角を増したMk.Vに更新された。また対空兵器としては、新型の39口径40mm高角機銃(QF 2ポンド・ポンポン砲)を搭載した[1]

水雷装備は、当初は従来の駆逐艦と同様に53.3cm連装魚雷発射管2基を搭載していた。その後、第一次世界大戦の戦訓を反映して、対潜兵器として爆雷投射機、また防雷具としてパラベーンが順次に搭載された[1]

同型艦

脚注

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI