R級駆逐艦 (初代)
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| R級駆逐艦 | |
|---|---|
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| 基本情報 | |
| 種別 | 駆逐艦 |
| 運用者 |
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| 就役期間 | 1913年 - 1947年 |
| 準同型艦 |
アドミラルティR級 アドミラルティ改R級 ソーニクロフトR級 ヤーロウ後期M級 |
| 前級 |
アドミラルティM級 ホーソンM級 ヤーロウM級 ソーニクロフトM級 |
| 次級 | V級・W級 |
| 要目 (アドミラルティ型) | |
| 常備排水量 | 1,040トン |
| 全長 | 84.1 m |
| 最大幅 | 8.1 m |
| 吃水 | 2.7 m |
| ボイラー | 水管ボイラー×3缶 |
| 主機 | 蒸気タービン×2基 |
| 推進 | スクリュープロペラ×2軸 |
| 出力 | 27,000馬力 |
| 速力 | 36.0ノット |
| 航続距離 | 3,000海里 (15kt巡航時) |
| 燃料 | 重油296トン |
| 乗員 | 82名 |
| 兵装 |
・40口径10.2cm砲×3門 ・39口径40mm機銃×1門 ・53.3cm連装魚雷発射管×2基 |
R級駆逐艦(英語: R-class destroyer)は、イギリス海軍の駆逐艦の艦級[1][2]。基本となるアドミラルティR級と、特型としてのソーニクロフトR級、改良型としてのアドミラルティ改R級がある[1]。またヤーロウ後期M級も本級に含められる場合もある[2]。
最初期の水雷艇駆逐艦はレシプロ蒸気機関を搭載していたが、早々に性能的な限界を露呈したことから、1897年度の「ヴァイパー」などで直結タービンを試験採用したのち、1905年度のF級より本格採用した。しかしこちらも出力の伝達効率などに限界があり、歯車減速機の採用が指向された[3]。
まず1910年度のI級パーソンズ特型でセミ・ギヤード・タービンが試験的に搭載されたのち、1913年度のL級パーソンズ特型でオール・ギヤード・タービンが採用された[3]。そしてその実績を踏まえて、1915年7月、海軍本部は、以降の駆逐艦はすべてオール・ギヤード・タービンの2軸推進艦とすることを決定した。これを受けて、初のオール・ギヤード・タービン量産艦として、1915年度より建造を開始したのが本級である[2]。
設計
いずれも基本的な艦容はアドミラルティM級と類似し、船首楼船型に3本煙突となっている(ヤーロウ後期M級は2本煙突)。しかし艦首は傾斜型となり、船首楼甲板は増高、2・3番砲をプラットフォーム上に架して設置するなど、各所に改良が施された。ソーニクロフトR級は、アドミラルティR級よりも排水量がやや小さく、2番煙突の断面が楕円形である。またアドミラルティ改R級では、荒天中でも行動できるよう船体を強化するとともに、艦橋を極力後方に下げた結果、船首楼甲板よりも後方にずれて第1煙突と近くなっている[1]。
上記の経緯より、主機としては、パーソンズ式またはブラウン・カーチス式のオール・ギヤード・タービンが採用された。これは、高圧、低圧タービンの両方を歯車減速機を介して推進軸に結合するものであり、エネルギー変換効率が著しく向上したことから、M級と比較して、燃費は18ノットで15パーセント減、25ノットで28パーセント減となり、航続距離は著しく延伸された。ソーニクロフトR級の最終艦「ティーザー」は、1917年7月の海上公試で、34,237馬力、40.44ノットを記録し、イギリス駆逐艦の最高速力となった[3]。なおボイラーはM級と同様で、ヤーロウ式またはホワイト・フォスター式の重油専焼水管ボイラーを3缶搭載した[3]。
一方、ヤーロウ後期M級は、諸元・性能的にはR級と共通するが、ボイラーはヤーロウ式重油専焼水管ボイラー4缶、主機はパーソンズ式直結タービンによる2軸推進となっている[1]。
装備
艦砲は、10.2cm砲を3門搭載するという点ではM級と同様であるが、上記の通り、2・3番砲はプラットフォーム上に架して設置された。また装備砲も、アドミラルティR級とソーニクロフトR級、ヤーロウ後期M級ではL級以来のQF 4インチ砲Mk.IVが搭載されていたが、アドミラルティ改R級では、発射速度を増大し、45口径長に長砲身化するとともに仰角を増したMk.Vに更新された。また対空兵器としては、新型の39口径40mm高角機銃(QF 2ポンド・ポンポン砲)を搭載した[1]。
水雷装備は、当初は従来の駆逐艦と同様に53.3cm連装魚雷発射管2基を搭載していた。その後、第一次世界大戦の戦訓を反映して、対潜兵器として爆雷投射機、また防雷具としてパラベーンが順次に搭載された[1]。