だいじょうぶマイ・フレンド
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あらすじ
| だいじょうぶマイ・フレンド | |
|---|---|
| 監督 | 村上龍 |
| 脚本 | 村上龍 |
| 原作 | 村上龍 |
| 製作 | 多賀英典 |
| 出演者 | |
| 音楽 | 加藤和彦 |
| 主題歌 | だいじょうぶマイ・フレンド |
| 撮影 | 大岡新一 |
| 編集 | 山地早智子 |
| 製作会社 | キティ・フィルム[4] |
| 配給 | 東宝[4] |
| 公開 |
|
| 上映時間 | 119分[4] |
| 製作国 |
|
| 言語 | 日本語 |
| 製作費 | 14億円 |
1983年4月29日公開[4]。製作はキティ・フィルム、配給は東宝[5][6]。
村上龍が自ら監督・脚本を務め[3][7][8]、SFミュージカル大作を目指した[3]。映画『イージー・ライダー』(1969年)などで知られるアメリカ人俳優のピーター・フォンダが主演を務め[9][注釈 1]、疲れ果てたスーパーマンが再起していく様をスマートに演じた[1]。日本映画では難しいとされるファンタスティックなコメディに挑んだ村上龍の野心作[5]、あるいは独自のジェンダー論や性的表現も本作品の特徴とされる[1]。
地球人の数万倍のパワーを持つクリプトン星人のゴンジー・トロイメライは、故郷へ向かっていたところパワーを失い、プールへと落下する[2]。ゴンジーと出会ったミミミ、ハチ、モニカの3人は、彼に協力してサイパンで飛行訓練を行うが、そこへゴンジーのクローン製造を目論む組織ドアーズが襲撃する[2]。4人はトマト祭りの会場に逃げ込むが、トマトはゴンジー唯一の弱点であり、モニカ以外の3人は捕らえられてしまう[2][5][6]。
キャスト
- ゴンジー・トロイメライ:ピーター・フォンダ
- ミミミ:広田レオナ
- ハチ:渡辺裕之
- モニカ:乃生佳之
- ドクター:根津甚八
- ジュリアス:リチャード・ライト
- レイ子:青地公美
- 頬刑事:タモリ[注釈 2]
- DJの男:三遊亭円丈 (初代)
- 店頭販売の女:研ナオコ
- 白衣の男A:岸部一徳
- 白衣の男B:苅谷俊介
- 白衣の男C:辻畑鉄也
- 白衣の男D:団時朗
- 暴走族風の男:船原長生
- 看守A:高橋幸宏
- トマト祭り主宰者:小松政夫
- 工場の主任:武田鉄矢
- ダンサー:富沢美智恵
スタッフ
- 原作・脚本・監督:村上龍
- 製作:多賀英典
- 劇伴作曲:清水信之、風戸慎介
- 撮影監督:岡崎宏三
- 撮影:大岡新一
- 美術:山口修
- 録音:西崎英雄
- 照明:下村一夫
- 編集:山地早智子
- 監督補佐:中島紘一
- 助監督:武内孝吉、鈴木健二、星野仁、野田信仁
- 製作担当:青木勝彦
- 振付:竹邑類、宮本亮次(現:宮本亜門)
- 衣装デザイン:小栗荘介(MEN'S BIGI)
- ヘアアドバイザー:田村哲也(mod's hair)
- 脚本英訳:高桑香
- アクションアドバイザー:伊奈貫太
- カースタント:三石千尋とマイクスタントマンチーム
- ハングライダーアドバイザー:西野光男
- アシスタントプロデューサー:市川喜一
- 音響効果:本間明
- MA:アオイスタジオ
- 現像:東洋現像所
- 協賛:日本交通公社、SANSUI、ティアック、東芝、サントリー、日本光電、マリアナ観光局
- 協力:カシオ計算機、本田技研工業、八芳園、コンチネンタル・ミクロネシア航空
- 制作協力:東芝EMI、CBS・ソニー、キャニオン・レコード、キティ・レコード、集英社
- 製作:キティ・フィルム
- サウンドトラック
- 特殊撮影
製作
製作費は14億円[1]。
キャスティング
ピーター・フォンダの出演にあたっては、村上龍が直接交渉を行った[2]。ミミミ、ハチ、モニカの3役は、一般公募により選出された[2]。ミミミ(広田レオナ)は元バレリーナとあって、同じくバレリーナから女優に転身した桃井かおりに追いつけるか、と製作当時の文献に書かれている[10]。フォンダとミミミ(広田)、ハチ(渡辺裕之)、モニカ(乃生佳之)の4人は出ずっぱりで、フォンダは日本とサイパンに2カ月近く滞在したものと考えられる。
脚本・演出
前述のように村上の原作を映画化したのではなく[3]、映画が先で映画シナリオを元に小説が書かれた[3]。原作・脚本・監督の三役をこなす村上は『アメリカン・グラフィティ』を観て、女の子に愛を伝えるときに『オンリー・ユー』のあるアメリカって、なんて素晴らしいんだろうって。日本じゃ『リンゴの唄』くらいしかないもんね」などと述べた[7]。
撮影
主たる撮影は1982年秋[10]。サイパン島ロケは1982年11月[10]。同島の3カ所の発電所のうち、2カ所が故障中で、スタッフキャストの宿泊したホテルは停電続き[10]。フォンダは日焼けしながら缶ビールを毎日平均13本飲んだ[10]。色が黒いのはこのため[10]。
オープニングシーンの撮影は1983年1月[10]。撮影は5台のカメラを用いるアメリカンスタイルで行われ、6,000万円をかけたイントロビジョンによる撮影がロサンゼルスにて行われた[1][2][10]。このオープニングの撮影はエンドクレジットでアメリカ人スタッフのみが表記される。借景に夜のニューヨークの摩天楼を置いた倉庫街風のセットで[7]、海外のサイトでは1940年代のフィルム・ノワール風と解説している[11]。ミミミ(広田)と水兵風の外国人ダンサーとのダンスシーンのオープニングから始まり、カメラをゆっくりパンさせると踊っていた広田が大きな胸を露出し、オールヌードでベッドに横たわる6,000万円かけたダンスシーンもぶっ飛ぶインパクトある演出[7]。タイトルロールの後は、オープニングクレジットの間、西新宿を歩く広田を映す。オープニングクレジットでは主要キャスト、主要スタッフだけが表記され、主要スタッフの中に「音楽作曲」として6人、「音楽作詞」として5人を表記する珍しいもの[6]。この後、最後に「原作・脚本・監督」として村上龍が表記されるという極端に音楽家を重要視するクレジット。ただオープニングクレジットでもエンドクレジットでも、劇中使用楽曲は表記されない。
ゴンジー・トロイメライ(ピーター・フォンダ)が空から西新宿の京王プラザホテルのプールに落ちてくるところから本編が始まる[5][6]。ゴンジー(フォンダ)は宇宙人とされるが[5][6][7]、劇中、人間の細胞とがん細胞の融合体という説明があり、地球内生命体かと思わせる。ゴンジーは凄いパワーを持ち、精液は弾丸のように早く発射するため、オーラルで女性が即死したことがある[7][11]。地球で飛行能力を失い、それをプールにいたミミミ(広田)、ハチ(渡辺裕之)、モニカ(乃生佳之)の3人組が再びゴンジーの星に帰してあげようというのが大筋[5][6][8]。これを邪魔するのがドクター(根津甚八)率いる組織「Doors」[注釈 3]で、「Doors」は遺伝子工場とファミリーレストランと精神病院の世界的なチェーンを持ち[6][11]、ゴンジーの体細胞の一片を採取し、人工単為生殖による超人のコピーを造ろうと企む[6]。『地球に落ちて来た男』や『時計じかけのオレンジ』『アタック・オブ・ザ・キラー・トマト』など、さまざまな人気映画のいいとこどりをしたような設定[8]。「Doors」の手下はイエロー・マジック・オーケストラ風の衣装[11]。全編に渡り「金玉」が連発される他、今日ではNGであろうセリフが頻繁に使われる[7]。変なことを言う人にすぐグループ企業である「精神病院に連れて行け」と言ったり、「Doors」の掛け声は「Heil Hitler」の代わりに「testicles」という。モニカ(乃生)が好意を抱くミミミ(広田)が、ゴンジーを好きなことに腹を立て「日本のノータリンの女どもはみんなジンガイに弱いんだから」と危ない台詞を言ったり、モニカ(乃生)が自分のことを「下等な遺伝子を持ったカス」と表現したり、「女は劣悪だ。劣悪な子供をペロリと産む。メスの子宮は必要ない」「女は豚だ」「夢を語ると若いパー女にモテると思っている」など、ゴンジーのコピーによって人間を増やす目的のため、女性はいらないという発想から女性蔑視的なセリフも多い[7][11]。サイパンでみんなで野外レストランで食事するシーンで当地のラテンバンドがたどたどしい日本語で「シルエット・ロマンス」を歌う(ノンクレジット)。エンディングは渡辺裕之歌唱によるテクノ風楽曲「スーパージルバ」を皆で踊り[12]、飛行能力を何故か取り戻したゴンジーが宇宙に帰る。
作品の評価
興行成績
失敗[3]。
批評
- 寺脇研は「4年前の『限りなく透明に近いブルー』は、高校時代にアメリカン・ニューシネマなどに熱中していたというだけあって、いきなりの映画演出にも関わらず、達者なところを見せ、小説家の監督作品としては群を抜く出来栄えだったが、二作目の本作は意欲倒れといえる」などと評している[3]。
- ザテレビジョンは「昭和映画の代表ともいえる隠れた名作」「物語の足組はスタンダードながら、村上の挑戦とユーモアあふれる発想が生んだ奇跡の快作。令和の世では作れないかもしれない」などと評している[8]。
受賞歴
- 第7回日本アカデミー賞
- 優秀音楽賞(加藤和彦)